人物・神様
神社・寺・城のゆかりの神様・武将・名僧を紹介します。

柿本人麻呂
学者・文化人かきのもとのひとまろ
飛鳥時代(660-720)
飛鳥時代の宮廷歌人(660?-720?)。万葉集の代表的歌人で、「歌聖(かせい)」と称される稀有な存在。持統天皇・文武天皇に仕え、儀礼歌・挽歌・羈旅歌など多様な歌風で大和歌の頂点を築いた。三十六歌仙の一人。

紀貫之
学者・文化人きのつらゆき
平安時代(872-945)
平安前期の歌人(872?-945?)。古今和歌集の撰者の一人で、有名な「仮名序」の作者。「土佐日記」(935頃)=自身を女性に仮託した稀有な日本初の仮名日記文学の作者。三十六歌仙の一人。

清少納言
学者・文化人せいしょうなごん
平安時代(966-1025)
平安中期の女流文学者(966?-1025?)。一条天皇の中宮・藤原定子(=道隆の娘)に仕えた女房。代表作『枕草子』=日本随筆文学の最高峰、「春はあけぼの」の冒頭で有名。紫式部と並ぶ平安女流文学の二大スター。

紫式部
学者・文化人むらさきしきぶ
平安時代(970-1019)
平安中期の女性文学者(970?-1019?)。 世界最古の長編小説『源氏物語』の作者。 藤原道長の娘・彰子の女房として宮仕えしながら、当時の宮廷生活を題材に54帖の長編を著した。

和泉式部
学者・文化人いずみしきぶ
平安時代(978-1040)
平安中期の女流歌人(978?-1040?)。情熱的な恋愛遍歴で名高く、為尊親王・敦道親王(=共に皇族)との恋、藤原保昌との結婚など稀有な恋多き人生。代表作『和泉式部日記』『和泉式部集』。三十六歌仙・百人一首にも採られた稀有な才能。

雪舟
学者・文化人せっしゅう
室町時代(1420-1506)
室町時代の禅僧・水墨画家(1420-1506)。日本水墨画の最高峰、「画聖」と称される稀有な存在。明に渡って中国画を学び、独自の力強い水墨画風を確立。代表作『秋冬山水図』『四季山水図巻(山水長巻)』『天橋立図』など6点が国宝。

樂長次郎
学者・文化人らくちょうじろう
戦国時代(1516-1592)
戦国時代の陶工(1516-1592)。中国・明から来日した陶工の子。千利休の指導で「楽焼」(=手捏ねの黒・赤茶碗)を創始した稀有な存在。「樂家」初代として、現代まで続く樂焼の流派を開いた。

千利休
学者・文化人せんのりきゅう
戦国時代(1522-1591)
戦国・安土桃山期の茶人(1522-1591)。「茶聖」と称された侘び茶の大成者。織田信長・豊臣秀吉に仕えた茶頭、わび茶の精神「和敬清寂」を確立し、現代の茶道の基礎を築いた稀有な存在。秀吉に切腹を命じられた悲劇の最期。

長谷川等伯
学者・文化人はせがわとうはく
戦国時代(1539-1610)
安土桃山時代の絵師(1539-1610)。能登国七尾(=石川県七尾市)出身。狩野永徳と並ぶ桃山絵画の二大巨匠。代表作『松林図屏風』(=国宝)・『楓図』『智積院襖絵』(=国宝)など。武田信玄像の作者ともされる。

狩野永徳
学者・文化人かのうえいとく
戦国時代(1543-1590)
安土桃山時代の絵師(1543-1590)。狩野派の頂点、織田信長・豊臣秀吉の御用絵師として安土城・大坂城・聚楽第の障壁画を描いた稀有な存在。代表作『唐獅子図屏風』『洛中洛外図屏風(上杉本)』(=国宝)。

古田織部
学者・文化人ふるたおりべ
戦国時代(1543-1615)
安土桃山・江戸初期の茶人・大名(1543-1615)。千利休七哲の一人。利休の侘び茶を継承しつつ、独自の「歪み(ゆがみ)」「奇抜」を尊ぶ茶風「織部好み」を確立した稀有な存在。「織部焼」の創始者。大坂夏の陣の後、家康に切腹を命じられた稀有な悲劇。

本阿弥光悦
学者・文化人ほんあみこうえつ
戦国・江戸(1558-1637)
安土桃山・江戸初期の芸術家(1558-1637)。京都の刀剣鑑定家本阿弥家の出。書道・陶芸・蒔絵・茶の湯に天才的な才能を発揮した稀有な総合芸術家。「寛永の三筆」の一人(=本阿弥光悦・近衛信尹・松花堂昭乗)。京都・洛北鷹峯に芸術家村「光悦村」を作った稀有な存在。

千宗旦
学者・文化人せんのそうたん
戦国・江戸(1578-1658)
安土桃山・江戸初期の茶人(1578-1658)。千利休の孫。利休の侘び茶を継承し、自身の3人の子に「表千家・裏千家・武者小路千家」の三千家を分立させた稀有な「茶道三千家の祖」。

小堀遠州
学者・文化人こぼりえんしゅう
江戸時代(1579-1647)
江戸初期の茶人・大名・作庭家(1579-1647)。古田織部の弟子で、「綺麗さび(きれいさび)」の茶風を確立。徳川3代将軍・徳川家光の茶道指南役。仙洞御所・桂離宮・南禅寺金地院・大徳寺孤篷庵など多くの名園を残した稀有な作庭家。

林羅山
学者・文化人はやしらざん
江戸時代(1583-1657)
江戸初期の儒学者(1583-1657)。 藤原惺窩に朱子学を学び、23歳で徳川家康に仕えてから、秀忠・家光・家綱まで四代の将軍に仕えた。 武家諸法度の起草に関わり、上野忍岡に開いた学問所はのちの湯島聖堂・昌平坂学問所へと続く。 全国の神社の縁起を儒者の目で検証した『本朝神社考』の著者でもある。

関孝和
学者・文化人せきたかかず
江戸時代(1642-1708)
江戸前期の数学者(1642-1708)。「和算」(=日本独自の数学)の祖。微分・積分の先駆け、行列式の発見、円周率の計算など、当時の世界数学に匹敵する稀有な業績を残した稀有な数学者。

井原西鶴
学者・文化人いはらさいかく
江戸時代(1642-1693)
江戸前期の浮世草子作者・俳人(1642-1693)。大阪の町人。元は俳人として「矢数俳諧(やかずはいかい)」(=一昼夜で詠む俳句の数を競う)で2万3,500句の記録を作った稀有な俳人。後に浮世草子(=町人文学)の傑作『好色一代男』『日本永代蔵』『世間胸算用』を残した稀有な大文豪。

松尾芭蕉
学者・文化人まつおばしょう
江戸時代(1644-1694)
江戸前期の俳人(1644-1694)。蕉風俳諧を確立した「俳聖」。『奥の細道』『野ざらし紀行』など旅日記の傑作を残し、各地の寺社に多くの句碑がある稀有な存在。

近松門左衛門
学者・文化人ちかまつもんざえもん
江戸時代(1653-1725)
江戸前期の浄瑠璃・歌舞伎の脚本家(1653-1725)。「日本のシェイクスピア」と称される稀有な大作家。代表作『曾根崎心中』(1703)・『国性爺合戦』(1715)・『心中天網島』(1720)・『女殺油地獄』など、約100作の浄瑠璃・約30作の歌舞伎を残した。

尾形光琳
学者・文化人おがたこうりん
江戸時代(1658-1716)
江戸中期の絵師・工芸家(1658-1716)。京都の呉服商「雁金屋」の家に生まれ、放蕩で家産を傾けるも、後に絵画・工芸の天才として開花した稀有な存在。「琳派」の祖と称される稀有な大家。代表作『燕子花図屏風』『紅白梅図屏風』(=共に国宝)。

賀茂真淵
学者・文化人かものまぶち
江戸時代(1697-1769)
江戸中期の国学者(1697-1769)。遠江国浜松(=静岡県浜松市)出身。『万葉集』研究の第一人者、『万葉考』『歌意考』など多くの著作を残した稀有な国学の先駆者。本居宣長・楫取魚彦らの師。「国学四大人」の一人。

与謝蕪村
学者・文化人よさぶそん
江戸時代(1716-1784)
江戸中期の俳人・画家(1716-1784)。松尾芭蕉の系統を継ぐ俳人で、芭蕉死後衰退した俳諧を中興させた稀有な存在。「春の海ひねもすのたりのたりかな」「菜の花や月は東に日は西に」などの絵画的・写生的な名句で知られる。

伊藤若冲
学者・文化人いとうじゃくちゅう
江戸時代(1716-1800)
江戸中期の絵師(1716-1800)。京都・錦小路の青物問屋の主人だったが、40歳で家業を弟に譲り絵画に専念。極彩色の動植物画「動植綵絵」全30幅(=皇室所蔵、国宝)で世界的に有名。近年、超絶技巧の天才として再評価が進む稀有な存在。

平賀源内
学者・文化人ひらがげんない
江戸時代(1728-1780)
江戸中期の発明家・本草学者・戯作者(1728-1780)。讃岐国(=香川県)出身。エレキテル(=静電気発生装置)の修理・寒暖計の制作・物産会(=日本初の博覧会)の開催など、博学多才な稀有な存在。「土用の丑の日に鰻を食べる」キャッチコピーの発案者ともされる。

本居宣長
学者・文化人もとおりのりなが
江戸時代(1730-1801)
江戸中期の国学者(1730-1801)。伊勢国松坂(=三重県松阪市)の商家出身。賀茂真淵に師事し、生涯35年をかけて『古事記伝』全44巻を完成させた稀有な大業績。「もののあはれ」の文学論で『源氏物語』を再評価した稀有な思想家。「国学四大人」の一人。

円山応挙
学者・文化人まるやまおうきょ
江戸時代(1733-1795)
江戸中期の絵師(1733-1795)。「円山派」の祖、日本写生画の祖と称される稀有な存在。写実的描写と装飾的構図を融合した稀有な画風で、屏風絵・襖絵の傑作を多数残した。代表作『雪松図』『竹林七賢図』など。

杉田玄白
学者・文化人すぎたげんぱく
江戸時代(1733-1817)
江戸中期の蘭方医(1733-1817)。前野良沢らと共に、オランダの解剖書『ターヘル・アナトミア』を翻訳して『解体新書』(1774)を刊行した稀有な大事業。日本の近代医学・蘭学の幕開けを告げた稀有な存在。晩年の回想録『蘭学事始(=蘭東事始)』が稀有な名著。

喜多川歌麿
学者・文化人きたがわうたまろ
江戸時代(1753-1806)
江戸中期の浮世絵師(1753-1806)。「美人大首絵」(=女性の上半身を大写しにした構図)で世界的に有名な稀有な美人画の達人。歌麿が描く女性は「美人画の最高峰」とされ、ゴッホ・モネら西洋画家にも影響を残した稀有な存在。

葛飾北斎
学者・文化人かつしかほくさい
江戸時代(1760-1849)
江戸後期の浮世絵師(1760-1849)。約90年の生涯で3万点を超える作品を残した稀有な画家。代表作『冨嶽三十六景』『北斎漫画』が世界的に有名。「冨嶽三十六景神奈川沖浪裏」は世界最高の浮世絵の一つ。

小林一茶
学者・文化人こばやしいっさ
江戸時代(1763-1828)
江戸後期の俳人(1763-1828)。信濃国柏原(=長野県信濃町)出身。継母との確執で15歳で江戸に奉公、放浪を続けながら俳諧を学んだ稀有な不遇の俳人。庶民の哀しみ・小動物への慈愛を詠んだ素朴な作風で、「やせ蛙負けるな一茶これにあり」「我と来て遊べや親のない雀」など人懐かしい名句で知られる。

滝沢馬琴
学者・文化人たきざわばきん
江戸時代(1767-1848)
江戸後期の戯作者(1767-1848)。代表作『南総里見八犬伝』(全98巻、28年の歳月を費やした稀有な大長編)で日本文学史に巨大な足跡を残した。晩年は失明しながらも口述で執筆を続けた稀有な作家。

歌川広重
学者・文化人うたがわひろしげ
江戸時代(1797-1858)
江戸後期の浮世絵師(1797-1858)。風景画の最高峰、「東海道五十三次」「名所江戸百景」「六十余州名所図会」などの名所絵で世界的に有名。葛飾北斎と並ぶ江戸風景画の二大巨匠で、ゴッホが模写するなど西洋に巨大な影響。

横井小楠
学者・文化人よこいしょうなん
幕末(1809-1869)
幕末の儒学者・思想家(1809-1869)。熊本藩士、福井藩主・松平春嶽の招きで福井藩政改革を主導した稀有な思想家。「公共の政(=こうきょうのまつりごと、=民のための政治)」を説いた稀有な近代政治思想の先駆者。坂本龍馬の「船中八策」の起草に影響を残した稀有な存在。明治2年(1869)、京都で暗殺された稀有な悲劇。

緒方洪庵
学者・文化人おがたこうあん
幕末(1810-1863)
幕末の蘭方医・教育者(1810-1863)。備中国(=岡山県)出身、長崎・大坂でオランダ医学を学んだ稀有な蘭学者。天保9年(1838)、大坂に「適々斎塾(=適塾)」を開き、福沢諭吉・大村益次郎・大鳥圭介・橋本左内ら明治維新の主役を多数育てた稀有な教育者。

佐久間象山
学者・文化人さくましょうざん
幕末(1811-1864)
幕末の信濃国(=長野県)松代藩士・思想家(1811-1864)。儒学・蘭学・西洋兵学に通じた稀有な天才。吉田松陰・河井継之助・坂本龍馬らの師。「東洋道徳・西洋芸術(=技術)」を主張した稀有な開国論者。元治元年(1864)、京都で攘夷派志士に暗殺された稀有な悲劇。

ジョン万次郎
学者・文化人じょんまんじろう
幕末(1827-1898)
幕末の通訳・教育者(1827-1898)。土佐国(=高知県)の漁師の家に生まれ、14歳で漁に出て遭難、米国捕鯨船に救助されて米国に渡った稀有な経歴。10年後に帰国、英語通訳として日米和親条約(1854)・遣米使節団・万延元年遣米使節などで活躍した稀有な日米外交の架け橋。

吉田松陰
学者・文化人よしだしょういん
幕末(1830-1859)
幕末の長州藩士・思想家(1830-1859)。萩(=山口県)の松下村塾で高杉晋作・木戸孝允・伊藤博文・山県有朋ら維新の元勲を多数育てた稀有な教育者。安政の大獄(1858-1859)で江戸・伝馬町牢屋敷で処刑された稀有な悲劇、享年30。

橋本左内
学者・文化人はしもとさない
幕末(1834-1859)
幕末の越前福井藩医・思想家(1834-1859)。緒方洪庵の適塾で蘭学を学んだ稀有な才能。福井藩主・松平春嶽の腹心として、将軍継嗣問題で一橋慶喜(=徳川慶喜)擁立に奔走した稀有な大事業。安政の大獄(1859)で井伊直弼に処刑された稀有な悲劇、享年26。

福沢諭吉
学者・文化人ふくざわゆきち
幕末・明治(1835-1901)
幕末・明治の思想家・教育者(1835-1901)。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」の『学問のすゝめ』で日本人の独立精神を啓蒙。慶應義塾を創立し近代教育の基礎を築いた稀有な存在。旧1万円札の肖像。

岩崎弥太郎
学者・文化人いわさきやたろう
幕末・明治(1835-1885)
幕末・明治の実業家(1835-1885)。土佐藩士、坂本龍馬・後藤象二郎らと交流。明治期に「九十九商会」(=後の三菱商会)を創立、海運業で頭角を現した稀有な存在。日本三大財閥(=三菱・三井・住友)の一つ・三菱財閥の創始者。

渋沢栄一
学者・文化人しぶさわえいいち
幕末・明治(1840-1931)
幕末・明治・大正・昭和の実業家(1840-1931)。「日本資本主義の父」「日本実業界の父」と称された稀有な存在。第一国立銀行・東京証券取引所など約500の企業の設立・経営に関与した稀有な実業家。令和元年(2019)、新1万円札の肖像に。

新島襄
学者・文化人にいじまじょう
幕末・明治(1843-1890)
幕末・明治の教育者(1843-1890)。21歳で密航してアメリカに渡り、当時の禁制を破った稀有な決断。10年余のアメリカ留学から帰国、明治8年(1875)、京都に「同志社英学校」(=現・同志社大学)を創立した稀有な教育者。

北里柴三郎
学者・文化人きたさとしばさぶろう
明治・大正(1853-1931)
明治・大正の医学者(1853-1931)。「日本細菌学の父」。ドイツのコッホ研究所で破傷風菌の純粋培養に世界初成功、ペスト菌を発見した稀有な大業績。慶應義塾大学医学部・北里大学の創立に関与した稀有な存在。令和元年(2019)、新1000円札の肖像に。

森鴎外
学者・文化人もりおうがい
明治・大正(1862-1922)
明治・大正の小説家・陸軍軍医(1862-1922)。陸軍軍医としてドイツに留学、軍医のトップ「軍医総監」に上り詰める一方、小説家としても「舞姫」「雁」「阿部一族」「高瀬舟」などの傑作を残した稀有な二刀流。夏目漱石と並ぶ近代文学の二大文豪。

夏目漱石
学者・文化人なつめそうせき
明治・大正(1867-1916)
明治・大正の小説家(1867-1916)。東京帝国大学英文学講師、ロンドン留学を経て小説家に。「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「こころ」など、日本近代文学の最高峰となる作品を多数残した稀有な文豪。旧1000円札の肖像。

樋口一葉
学者・文化人ひぐちいちよう
明治時代(1872-1896)
明治時代の小説家(1872-1896)。代表作『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』など、わずか14ヶ月の「奇跡の年」で文学史に巨大な足跡を残した稀有な才能。24歳で肺結核で夭逝。現在の五千円札の肖像。

野口英世
学者・文化人のぐちひでよ
明治・大正(1876-1928)
明治・大正の細菌学者(1876-1928)。福島県猪苗代町出身、左手の大火傷を乗り越えて医学を志した稀有な不屈の人。米国・ロックフェラー医学研究所で梅毒スピロヘータの純粋培養に成功、黄熱病研究中にアフリカ・ガーナで自身も黄熱に倒れて殉職した稀有な医学者。

菅原道真公
学者・文化人すがわらのみちざねこう
平安時代
平安時代の貴族・学者・政治家(845-903)。右大臣まで昇るも、藤原時平の讒言で大宰府に左遷され配所で没。死後、京都に災害が続き「祟り」とされ、北野天満宮に祀られ「学問の神」として全国に勧請された。

出雲阿国
学者・文化人いずものおくに
戦国・江戸
戦国末期の女性芸能者。歌舞伎の祖。出雲大社の巫女と称し、慶長8年(1603)、京都・四条河原で「かぶき踊り」を演じた稀有な舞台芸能のパイオニア。当時の流行語「かぶき者(=傾奇者、奇抜な格好をする若者)」を題材にした稀有なパフォーマンス。

俵屋宗達
学者・文化人たわらやそうたつ
戦国・江戸
安土桃山・江戸初期の絵師。生没年不詳(17世紀前半に活躍)。京都の絵屋「俵屋」を経営。本阿弥光悦(=書家・工芸家)と共に「琳派」の源流を作った稀有な存在。代表作『風神雷神図屏風』(=国宝、京都・建仁寺)。

小野小町
学者・文化人おののこまち
平安時代
平安前期の女流歌人。「世界三大美女」(=クレオパトラ・小野小町・楊貴妃)の一人とされる稀有な美女。六歌仙・三十六歌仙の一人。「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」が代表作。「小町伝説」=老婆になった小町が貧しい生活を送ったとされる稀有な後日譚。

葛飾応為
学者・文化人かつしかおうい
江戸時代
江戸後期の女性浮世絵師。生没年不詳、19世紀前半に活躍。葛飾北斎の三女。父・北斎の助手として多くの作品を支え、独立した作品も残した稀有な女性絵師。代表作「吉原格子先之図」「夜桜美人図」など、光と影の表現で世界的に注目される稀有な才能。