人物・神様
神社・寺・城のゆかりの神様・武将・名僧を紹介します。

蘇我馬子
公家そがのうまこ
飛鳥時代(551-626)
飛鳥時代の権臣(551?-626)。第29代欽明天皇から第33代推古天皇まで5代の天皇に大臣として仕えた稀有な権力者。聖徳太子と共に仏教興隆を推進、物部守屋を滅ぼした稀有な政治家。死後、石舞台古墳に葬られたとされる。

藤原鎌足
公家ふじわらのかまたり
飛鳥時代(614-669)
飛鳥時代の貴族(614-669)。中臣鎌子(なかとみのかまこ)が本名。中大兄皇子(=後の天智天皇)と共に蘇我入鹿を暗殺(=乙巳の変、645)し「大化の改新」を実現した稀有な政治家。死の直前、天智天皇から「藤原」の姓を賜り、後の藤原氏の祖となった稀有な存在。

安倍仲麻呂
公家あべのなかまろ
飛鳥・奈良(698-770)
奈良時代の貴族・遣唐留学生(698-770)。19歳で遣唐使として唐に渡り、優秀な成績で唐の科挙に合格、唐朝の高官(=安南都護)まで昇進した稀有な存在。唐の詩人・李白・王維と親交。帰国を試みるも嵐で挫折し、唐で没した稀有な悲劇。

光明皇后
公家こうみょうこうごう
奈良時代(701-760)
聖武天皇の皇后(701-760)。藤原不比等(=藤原氏の事実上の祖)の娘。仏教に深く帰依し、東大寺・国分寺・国分尼寺の建立を後押した稀有な皇后。「悲田院・施薬院」=日本初の福祉施設を設立した稀有な慈悲深い存在。

楊貴妃
公家ようきひ
中国唐(719-756)
中国・唐の玄宗皇帝の寵姫(719-756)。世界三大美女(=クレオパトラ・小野小町・楊貴妃)の一人。安史の乱(755-763)を引き起こすほどの寵愛を受け、最後は皇帝に従って蜀へ逃れる途上の馬嵬坡で縊死。日本では山口県・楊貴妃の里に流れ着いたとされる伝説。

小野篁
公家おののたかむら
平安時代(802-853)
平安初期の貴族・歌人・学者(802-853)。漢詩・和歌に優れ、参議まで昇った。「昼は朝廷、夜は閻魔大王の補佐」という稀有な伝説の主人公。京都・六道珍皇寺の「冥途通いの井戸」が有名。

在原業平
公家ありわらのなりひら
平安時代(825-880)
平安前期の貴族・歌人(825-880)。第51代平城天皇の孫、阿保親王の五男。「伊勢物語」の主人公とされ、絶世の美男・恋多き貴公子の代名詞。六歌仙・三十六歌仙の一人。「ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは」が代表作。

藤原道長
公家ふじわらのみちなが
平安時代(966-1028)
平安中期の最高権力者(966-1028)。摂関政治の頂点を築いた稀有な政治家。「この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」の歌で知られる。三女・彰子が紫式部を女房として召し抱え、『源氏物語』が生まれる稀有な文化的影響を残した。

源義朝の妻 常磐御前
公家ときわごぜん
平安時代(1138-1180)
平安末期の女性(1138-1180?)。源義朝の側室、源義経の母。平治の乱(1159)で義朝が敗死後、子(=今若・乙若・牛若=後の義経)を連れて雪の中を逃避行、平清盛に捕らえられるも美貌で清盛の側室となり子の命を救った稀有な悲劇の母。

北条政子
公家ほうじょうまさこ
平安・鎌倉(1157-1225)
鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の正室(1157-1225)。頼朝死後、子の2代将軍頼家・3代将軍実朝も相次いで死去すると、出家しながら「尼将軍」として幕府の実権を掌握。承久の乱で京都の朝廷を破った稀有な女傑。

北畠親房
公家きたばたけちかふさ
南北朝時代(1293-1354)
南北朝時代の公家・軍人(1293-1354)。後醍醐天皇の側近として南朝を支えた稀有な政治家。建武の新政が崩壊した後、関東に下り南朝の拠点を築こうとした。代表作『神皇正統記』=南朝の正統性を説いた稀有な歴史書。

お市の方
公家おいちのかた
戦国時代(1547-1583)
戦国時代の女性(1547-1583)。織田信長の妹、浅井長政の正室、後に柴田勝家の妻。戦国一の美女と称された稀有な存在。三人の娘(=浅井三姉妹)の母。賤ヶ岳の戦いで夫・勝家と共に北ノ庄城で自害した稀有な悲劇。

北政所
公家きたのまんどころ
戦国・江戸(1549-1624)
豊臣秀吉の正室(1549?-1624)。名は「ねね」または「おね」。 身分の低い若者だった秀吉と、当時としては珍しい恋愛結婚で結ばれ、夫が天下人になるまでを共にした。 秀吉が関白になると「北政所」と呼ばれ、女性としては破格の従一位を授かっている。 夫の死後も26年を生き、豊臣家が滅びるまでを見届けた人でもある。

細川ガラシャ
公家ほそかわがらしゃ
戦国時代(1563-1600)
戦国時代の女性キリシタン(1563-1600)。明智光秀の三女、細川忠興(=細川幽斎)の正室。本能寺の変後、夫から幽閉されるも信仰を貫き、洗礼名「ガラシャ」(=ラテン語の Gratia=恵み)を受洗。関ヶ原前夜、石田三成方の人質要求を拒んで自死(=家臣に斬らせた)した稀有な悲劇。

淀殿
公家よどどの
戦国・江戸(1569-1615)
豊臣秀吉の側室、豊臣秀頼の母(1569-1615)。浅井長政とお市の方の長女、本名・茶々。秀吉の死後、豊臣家の実質的支配者となるも、慶長20年(1615)、大坂夏の陣で大坂城落城、秀頼と共に自害した稀有な悲劇。

お江
公家おごう
戦国・江戸(1573-1626)
徳川秀忠の正室、徳川家光の母(1573-1626)。浅井長政とお市の方の三女、淀殿の妹。「浅井三姉妹」の末妹。3度の結婚を経験した稀有な経歴。

春日局
公家かすがのつぼね
戦国・江戸(1579-1643)
徳川3代将軍・徳川家光の乳母(1579-1643)。本名・斎藤福。明智光秀の家臣・斎藤利三の娘。家光擁立の功で大奥を統括し、江戸期女性最高権力者となった稀有な存在。

千姫
公家せんひめ
戦国・江戸(1597-1666)
徳川秀忠の長女、徳川家光の姉(1597-1666)。 豊臣秀頼(=淀殿)の正室、後に本多忠刻の正室。 大坂夏の陣(1615)で大坂城落城時に救出された。

岩倉具視
公家いわくらともみ
幕末・明治(1825-1883)
幕末・明治の公家・政治家(1825-1883)。京都の中級公家から、王政復古の大号令(1867)を主導した稀有な革命的公家。明治政府で右大臣・岩倉使節団の特命全権大使などを歴任した稀有な元勲。旧500円札の肖像。

三条実美
公家さんじょうさねとみ
幕末・明治(1837-1891)
幕末・明治の公家・政治家(1837-1891)。京都の名門公家・三条家の出身。尊王攘夷派の公家として「七卿落ち」(=1863)で長州に下った稀有な経歴。明治新政府で右大臣・太政大臣(=明治期の最高位)を歴任した稀有な元勲。

聖徳太子
公家しょうとくたいし
飛鳥時代
飛鳥時代の皇族・政治家(574-622)。第31代用明天皇の皇子、推古天皇の摂政。十七条憲法・冠位十二階の制定、遣隋使の派遣、法隆寺・四天王寺の建立など、古代日本の国家形成と仏教興隆の中核。

額田王
公家ぬかたのおおきみ
飛鳥時代
飛鳥時代の歌人(7世紀)。第36代孝徳天皇期から第41代持統天皇期に活躍。第40代天武天皇(=大海人皇子)の妻となり十市皇女を産む、後に第38代天智天皇(=中大兄皇子)に愛され、兄弟との三角関係で有名な稀有な美女。「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」が代表作。