学者・文化人幕末・明治
新島襄
にいじまじょう
1843 〜 1890

別名・通称
襄、同志社英学校創立者、新島八重の夫
幕末・明治の教育者(1843-1890)。21歳で密航してアメリカに渡り、当時の禁制を破った稀有な決断。10年余のアメリカ留学から帰国、明治8年(1875)、京都に「同志社英学校」(=現・同志社大学)を創立した稀有な教育者。
生涯・逸話
近代日本キリスト教教育の先駆者。天保14年(1843)、上野国安中藩(=群馬県安中市)の藩士・新島民治の長男として江戸に生まれる。本名・新島七五三太(しめた)。
オランダ語学習を通じて聖書を知り、キリスト教への憧れを抱いた稀有な少年期。
元治元年(1864)、21歳で函館から脱藩、米国船に潜り込んでアメリカへ密航した稀有な決断(当時、海外渡航は禁制)。
ボストンのフィリップス・アカデミー、アマースト大学、アンドーヴァー神学校で学ぶ。明治5年(1872)、岩倉使節団(=明治政府の遣米欧使節)に通訳として加わり再渡米した稀有な経歴。
明治7年(1874)に帰国、翌明治8年(1875)、京都に「同志社英学校」(=現・同志社大学)を創立した稀有な教育者。
妻・新島八重(=会津若松城、後に夫人となる)との結婚も話題に。
明治23年(1890)、神奈川県大磯で結核のため48歳で没。