愛媛県の城
17 件
松山城
城まつやまじょう
松山市
御城印別名「金亀城(きんきじょう)」「勝山城(かつやまじょう)」。慶長7年(1602)、加藤嘉明(かとうよしあき)による築城開始。安政元年(1854)に再建された現在の天守は、江戸末期の再建ながら本格的な近世の姿を残し、現存12天守のひとつに数えられます。天守をはじめ21棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。
宇和島城
城うわじまじょう
宇和島市
御城印宇和島城(うわじまじょう)は、愛媛県宇和島市にある現存12天守のひとつです。築城の名手として知られる藤堂高虎(とうどうたかとら)が、文禄4年(1595年)にこの地を治めることになったのをきっかけに、中世の砦を近世の城へと造り替えました。堀の形をわざと五角形にするなど、随所に高虎らしい工夫が凝らされています。高虎が今治へ移ったあと、伊達政宗(だてまさむね)の長男・秀宗(ひでむね)が入り、以後9代にわたって伊達家が治めました。今も残る優美な天守は、2代藩主・伊達宗利(だてむねとし)が寛文年間(1660年代)に建て替えたものです。

今治城
城いまばりじょう
今治市
築城名人・藤堂高虎の最高傑作と称される日本三大水城の一つ。慶長7年(1602)着工、慶長9年(1604)完成。海水を引き込んだ広大な堀と、層塔型天守の先駆けとなった画期的な城。 天守閣
大洲城
城おおずじょう
大洲市
肱川(ひじかわ)のほとりに建つ、伊予の小京都・大洲のシンボル。慶長元年(1596)、藤堂高虎による築城。平成16年(2004)に古絵図・古写真をもとに天守を木造復元、現代日本城郭復元の金字塔。
湯築城
城ゆづきじょう
松山市
中世伊予の有力大名・河野氏の本拠地として、約250年間にわたって伊予国の中心であった城。天正13年(1585)、豊臣秀吉の四国攻めで開城・廃城。日本100名城・国指定史跡。
川之江城
城かわのえじょう
四国中央市
伊予と讃岐の国境、燧灘(ひうちなだ)を見下ろす城山に建つ。延元2年(1337)、土肥義昌の築城が起源。昭和61年(1986)、模擬天守として再建され、四国中央市のシンボルに。
能島城
城のしまじょう
今治市
戦国期、瀬戸内海を制した「村上水軍」三家のうち最強と謳われた能島村上家の本拠。 大島と伯方島との間の宮窪瀬戸(荒神瀬戸)に浮かぶ能島・鯛崎島の二島すべてが城郭という、世界でも稀有な海城。昭和28年(1953年)に国指定史跡。続日本100名城(178番)。
河後森城
城かごもりじょう
北宇和郡松野町
御城印愛媛県松野町の、伊予(いよ)と土佐(とさ)の国境近くにある戦国時代の山城の跡です。四万十川(しまんとがわ)の支流に囲まれた丘の上に、曲輪(くるわ、城の中の平らな区画)が馬のひづめのような形に並んでいます。発掘調査をもとに門や建物が復元されています。国の史跡で、続日本100名城にも選ばれています。
来島城
城くるしまじょう
今治市
来島海峡の急流に浮かぶ来島すべてを城郭とした、能島村上家と並ぶ村上水軍・来島村上家の本拠。日本三大水軍の海城として、戦国期の瀬戸内海制覇の中核を担った。
大除城
城おおよけじょう
上浮穴郡久万高原町
中世伊予最大級の山城。標高694mの山頂を本郭とし、複数の郭・堀切・土塁を巧みに配する。河野氏の重臣・大野氏(おおのし)の本拠。土佐との国境を抑える戦略的要衝。
鹿島城
城かしまじょう
松山市
河野氏発祥の地・北条の沖合に浮かぶ鹿島全体を城郭とした、瀬戸内の海城。河野氏が伊予水軍を率いて海上を支配する拠点として機能した。現在は鹿島公園として整備され、桜と展望の名所。
恵良城
城えりょうじょう
松山市
河野氏の祖が拠ったと伝わる、 河野郷を見下ろす標高302mの山城。 愛媛県指定史跡。河野氏発祥の聖地に近接し、平安末期から戦国期にかけて、河野一族の象徴的な拠点として機能した。
黒川城
城くろかわじょう
松山市
河野氏の北方拠点。北条の地に築かれた山城で、鹿島城・恵良城と連携して、河野氏発祥の地・北条(旧称・河野郷)の防衛網を成した。発掘調査により中世の郭・堀切が確認されている。
高峠城
城たかとうげじょう
西条市
伊予東部・新居郡(現西条市)に築かれた、河野氏家臣・高峠氏の山城。石鎚山系の麓に位置し、伊予東部と讃岐・阿波方面を結ぶ街道を抑える戦略的要衝。
木浦城
城きうらじょう
今治市
伯方島(はかたじま)の中心・木浦港(きのうらこう)を見下ろす丘陵に築かれた城。平安時代末期の嘉応2年(かおう、1170年)ごろ、伊予の豪族・河野氏(こうのし)の家臣であった紀氏(きし)によって築かれたと伝わる。承久3年(じょうきゅう、1221年)の承久の乱(じょうきゅうのらん)で滅んだのち、戦国時代には村上水軍(むらかみすいぐん)・能島村上氏(のしまむらかみし)によって、伯方城(はかたじょう)の支城(しじょう、出先の城)として再び使われたとみられる。現在は「伯方ふるさと歴史公園」として整備されているが、模擬天守(もぎてんしゅ)を含む館内施設は2021年3月から休止中(2026年現在も再開情報なし)。
甘崎城
城あまさきじょう
今治市
大三島の沖合に浮かぶ「古城島」全体を城郭とした、日本最古級の本格的海城。天智天皇10年(671)の築城伝承を持ち、戦国期は村上水軍が、慶長期には藤堂高虎が本格的な石垣造の海城に改修。
鵜島城
城うしまじょう
今治市
鵜島(うしま)に築かれた、能島村上家の支城。 能島城本城と一体となって、瀬戸内海最強の海賊勢力・能島村上家の本拠地ネットワークを構成した。現在は無人島で、城跡は雑木に覆われているが、地形にかつての海城の名残を留める。