この城について
伊予東部・新居郡(現西条市)に築かれた、河野氏家臣・高峠氏の山城。石鎚山系の麓に位置し、伊予東部と讃岐・阿波方面を結ぶ街道を抑える戦略的要衝。
歴史・由来
伊予東部・新居郡(現西条市)に築かれた、河野氏家臣・高峠氏の山城。石鎚山系の麓に位置し、伊予東部と讃岐・阿波方面を結ぶ街道を抑える戦略的要衝。
高峠氏は、河野氏被官(ひかん、家臣)の中でも、伊予東部の防衛を担う重要な一族。讃岐の細川氏、阿波の三好氏、土佐の長宗我部氏など、四国各地の勢力との接触面に位置することから、極めて緊張感の高い任地だった。
戦国末期、天正13年(1585)の豊臣秀吉の四国平定で、河野氏一族と共に高峠氏も解体され、高峠城も廃城となった。
近代以降、山中に埋もれていたが、平成期の発掘調査で、中世山城の郭・堀切が確認されつつある。
見どころ・特徴
JR予讃線「伊予西条」駅から車で約30分。西条市の山あいに位置する。
本格的な登山が必要で、城マニア向けの渋い隠れた名城。
山頂部からは、石鎚山系・燧灘・讃岐山脈まで一望できる絶景。
近隣には四国八十八ヶ所霊場第64番札所・前神寺、第65番札所・三角寺などがあり、伊予東部の山岳信仰と組み合わせて訪れたい。
地元の郷土史家による研究が進みつつあり、今後の発掘・整備によって、隠れた名城として注目される可能性が高い。
西条市内では「西条祭り」(10月)が全国的に有名で、城跡探訪と祭礼観光を組み合わせると、伊予東部の魅力を二重に楽しめる。
基本情報
住所
愛媛県西条市
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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