この城について
歴史・由来
大三島の沖合に浮かぶ「古城島(こじょうじま)」全体を城郭とした、日本最古級の本格的海城。「日本最古の水城」「日本三大水城の一つ(高松城・今治城・甘崎城)」とも称される、歴史的に極めて重要な海城。
築城伝承は、天智天皇10年(671)、唐・新羅連合軍の侵攻(白村江の戦いの後)に備えて築かれたとされる。これが事実なら、日本最古級の城郭の一つということになる。
中世以降、村上水軍(特に能島村上家)が拠点として利用。戦国末期には「伊予の海賊王」と呼ばれた瀬戸内海賊衆の重要拠点として機能した。
慶長5年(1600)、関ヶ原の戦功で伊予半国を得た藤堂高虎が、慶長13年(1608)頃に本格的な石垣造の海城へ改修。「日本三大水城」の今治城を築いた高虎が、その前段階として甘崎城で水城築城のノウハウを試したとされる。
元和元年(1615)、一国一城令で廃城。以後、無人島となり、石垣の遺構が今も島の周囲に残る、極めて稀有な遺跡。
干潮時には対岸の大三島から徒歩で渡れる「海の道」が現れる、神秘的な城跡。
見どころ・特徴
しまなみ海道「大三島IC」から車約15分、上浦町甘崎の海岸へ。
最大の魅力は、干潮時にのみ対岸の大三島から徒歩で渡れる「海の道」。月の引力で潮が引く時間帯(潮汐表で要確認)に、海中から現れる道を歩いて古城島へ渡る、まさに「映画のような体験」。
島の周囲には、藤堂高虎時代の石垣の遺構が今も残る。海中・海岸に転がる巨大な石は、まさに「海城の証拠」。日本城郭史上、極めて重要な遺跡。
島の最高地点(標高約20m)からは、瀬戸内海・しまなみ海道・大三島まで一望。村上水軍と藤堂高虎、二つの時代の海城がここで重なる。
近隣の大三島には「大山祇神社」(伊予国一の宮、 で詳細充填済み)があり、参拝と組み合わせて訪れたい。
しまなみ海道のサイクリングコースから少し外れた場所だが、それゆえに観光客の少ない静かな海城探訪が楽しめる、隠れた名城。
訪問前には必ず潮汐表を確認し、干潮時に合わせて訪れるのが鉄則。満潮時は完全に島は孤立する。
基本情報
住所
愛媛県今治市上浦町甘崎 古城島
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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