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城 今治市

来島城

くるしまじょう

この城について
来島海峡の急流に浮かぶ来島すべてを城郭とした、能島村上家と並ぶ村上水軍・来島村上家の本拠。日本三大水軍の海城として、戦国期の瀬戸内海制覇の中核を担った。

歴史・由来

能島村上家と並ぶ村上水軍三家の一つ、来島村上家(くるしまむらかみけ)の本拠。来島海峡の急流の中央に浮かぶ「来島(くるしま)」全体を城郭としたこと、能島城と同じく「島そのものが城」という稀有な存在。 来島村上家は、室町期から戦国期にかけて、来島海峡を実質支配した。来島海峡は瀬戸内海の最狭隘部の一つで、潮流の差は最大時速10km、まさに「日本三大急流」の一つ。この激流の中を、村上水軍は自在に船を操り、通行料を徴収していた。 戦国末期、来島通総(くるしまみちふさ)は、能島村上家・因島村上家とは異なる道を選び、織田信長・豊臣秀吉に接近。「来島姓を名乗り、伊予国の領主として認められる」ことを選んだ。これは「海賊から大名へ」の転身という、戦国末期の歴史の縮図。 慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いで来島通総の子・康親は西軍に与し、敗戦後に伊予から豊後森(大分県森町)へ転封。来島城は廃城となった。 明治以降、来島は無人島に近い状態となり、来島城の遺構は雑木に覆われた。近年、来島海峡大橋(しまなみ海道)の建設・観光地化に伴い、徐々に注目を集めるようになった。

見どころ・特徴

今治市波止浜港から渡船で約5分。来島海峡大橋を遠くに望む、急流の中央に浮かぶ小島。 島内には、城の遺構(土塁・郭跡・井戸跡など)が雑木の中に点在する。本格的な遺跡として整備されているわけではないが、「忘れられた戦国の海城」の趣を強く湛える。 島の最高地点(標高約62m)からは、来島海峡・瀬戸内海・しまなみ海道の絶景が広がる。日本三大急流の渦潮を眼下に望む景観は、まさに村上水軍の海の世界を体感できる稀有な場所。 しまなみ海道のサイクリングコースから、来島海峡大橋越しに来島を見渡せる。橋から見下ろす「海賊の島」の姿は、新旧の対比が極めて印象的。 近隣の能島城・伯方島・大島の村上水軍関連史跡と組み合わせて、瀬戸内の海賊の歴史を巡る「水軍の旅」が定番。 整備状況は能島城ほど進んでいないため、訪れる際は事前に渡船の時刻、島内の安全装備を確認したい。「秘境感」を求める城マニアにとって、まさに最後の聖地。
基本情報
住所
愛媛県今治市来島
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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