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城 御城印 松山市

松山城

まつやまじょう

別名:金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)

この城について
別名「金亀城(きんきじょう)」「勝山城(かつやまじょう)」。慶長7年(1602)、加藤嘉明(かとうよしあき)による築城開始。安政元年(1854)に再建された現在の天守は、江戸末期の再建ながら本格的な近世の姿を残し、現存12天守のひとつに数えられます。天守をはじめ21棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。

歴史・由来

この城を理解する鍵は、一人の大名だけでなく、加藤・蒲生・松平と三つの家が代を重ねて完成させた城だということです。 慶長7年(1602)、関ヶ原の戦いで功績をあげた加藤嘉明(かとうよしあき)が、勝山(かつやま)と呼ばれた山に城を築き始めました。しかし完成を待たずして寛永4年(1627)に会津へ転封となり、代わって出羽上山(でわかみのやま)から蒲生忠知(がもうただとも)が入封します。天守や二之丸の整備を進めたのはこの忠知の時代と伝わりますが、寛永11年(1634)に31歳で急死し、蒲生家は跡継ぎがなく断絶しました。 その後、伊勢桑名から松平定行(まつだいらさだゆき)が15万石で入り、以後は松平(久松)家が幕末まで城主を務めます。寛永19年(1642)には5重だった天守を3重に改築したと伝わりますが、天明4年(1784)、落雷によって天守を含む本壇の主な建物が焼け落ちてしまいました。 現在の天守は、12代藩主・松平勝善(まつだいらかつよし)によって安政元年(1854)に再建された3代目にあたります。黒船来航の前年という幕末の緊張した時代に、石垣から積み直して再建されたため、普請の精度が高いことでも知られています。

見どころ・特徴

【連立式の天守】大天守・小天守・櫓を渡り廊下でつないだ「連立式」と呼ばれる構造で、標高約132メートルの山頂にそびえます。 【最上階からの眺め】天守最上階からは松山市街や瀬戸内海まで見渡せます。 【二之丸史跡庭園】山麓の二之丸跡地は発掘調査をもとに整備された庭園で、当時の間取りを地面の意匠で示すなど、城郭の暮らしを感じられる場所になっています。 【本丸の桜】本丸周辺には約200本の桜が植えられ、春には天守と桜が重なる眺めが楽しめます。
年中行事・お祭り
【夜桜の夕べ】例年3月下旬から4月中旬にかけて、城山公園の桜と登城道がライトアップされます。開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
社格
天守をはじめ21棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。現存12天守のひとつであり、二之丸・三之丸を含む松山城山公園は昭和27年(1952)に国の史跡に指定されました。日本100名城の81番に選ばれています。
創建
慶長7年(1602)、加藤嘉明(かとうよしあき)による築城開始と伝わります。
テーマ
現存12天守桜の名所
基本情報
住所
愛媛県松山市丸之内1
見学時間
9時から17時まで(8月は17時30分まで、12月と1月は16時30分まで)。休館日は12月第3水曜日(大掃除)のみです。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
松山城山ロープウェイ・リフトの東雲口(しののめぐち)駅から山頂駅まで約3分、そこから天守まで徒歩約10分です。徒歩の登城道(東雲口・県庁裏・黒門口・古町口)も整備されており、本丸まで約30分から40分かかります。ふもとには喜与町(きよちょう)駐車場などがあります。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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