愛知県の寺
20 件
甚目寺観音
寺じもくじかんのん(じもくじ)
あま市
御朱印推古天皇5年(597)漁師の甚目龍麿が海中から観音像を引き揚げ堂宇を建てたのが始まりと伝わる真言宗智山派の古刹。山号は鳳凰山。尾張四観音のひとつで、重要文化財の三重塔・南大門・東門がある。
成田山名古屋別院大聖寺
寺なりたさんなごやべついんだいしょうじ(いぬやまなりたさん)
犬山市
御朱印昭和28年(1953)千葉県成田山新勝寺の名古屋別院として開創された真言宗智山派の寺院。不動明王を本尊とし、中部地方における不動明王信仰の中心地。交通安全祈願で知られ、ドライバーの参拝が多い。
龍泉寺
寺りゅうせんじ
名古屋市守山区
御朱印松洞山(しょうとうざん)大行院と号する天台宗(てんだいしゅう)の寺で、本尊は馬頭観音(ばとうかんのん)。延暦年間に伝教大師最澄(でんぎょうだいしさいちょう)が開いたと伝わり、荒子観音・笠寺観音・甚目寺観音とともに「尾張四観音」のひとつに数えられます。「熱田の奥の院」とも呼ばれ、仁王門と木造地蔵菩薩像は国の重要文化財です。毎年2月3日の節分会には多くの参拝者が集まります。
七宝山来迎院
寺しっぽうさんらいごういん(あらこかんのん)
名古屋市中川区
御朱印天平元年(729)泰澄大師が開山したと伝わる天台宗の寺院。「荒子観音」と呼ばれ尾張四観音のひとつ。国指定重要文化財の多宝塔(室町時代)がある。江戸時代の円空仏を多数所蔵することでも有名。
大須観音
寺おおすかんのん
名古屋市中区
御朱印正式名「北野山真福寺宝生院」、通称「大須観音」。建久年間(1190-99)、能信上人の開創。日本三大観音(浅草・津と並ぶ説)。名古屋市中区「大須」の地名由来。
笠寺観音
寺かさでらかんのん
名古屋市南区
正式名「天林山笠覆寺(てんりんざんりゅうふくじ)」。天平8年(736)、禅光上人の開創。「玉照姫の笠の縁起」=雨にぬれて困っていた観音像に笠をかぶせた女性が、後に藤原家の妻となる伝説。

豊川稲荷
寺とよかわいなり
豊川市
御朱印曹洞宗の寺院。1441年に東海義易禅師が開創し、寺を守る鎮守として祀られた豊川吒枳尼真天(とよかわだきにしんてん)への信仰から「豊川稲荷」と呼ばれる。商売繁盛の神として広く親しまれている。
大樹寺
寺だいじゅじ
岡崎市
徳川家康の祖先・松平家、徳川将軍家の菩提寺。文明7年(1475)、松平親忠(家康の高祖父)の開創。「ビスタライン」=本堂から岡崎城の天守が一直線に望める、約3kmの景観軸が世界に類を見ない。
野間大坊
寺のまだいぼう
知多郡美浜町
御朱印知多半島(ちたはんとう)の先、美浜町にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺。正式には鶴林山(かくりんざん)大御堂寺(おおみどうじ)といい、「野間大坊」は通称である。源頼朝(みなもとのよりとも)の父・源義朝(よしとも)が家臣の裏切りによって討たれた場所として知られ、境内には義朝の墓がある。「せめて木太刀(きだち)の一本でもあれば」という義朝の最期の言葉にちなみ、墓には今も木太刀が絶えず奉納される。頼朝が父の菩提を弔うため伽藍(がらん)を整え、のちに豊臣秀吉・徳川家康の庇護も受けた。知多四国八十八ヶ所霊場の第50番・第51番札所。
曹源寺
寺そうげんじ
豊明市
御朱印曹洞宗の寺院で、山号は清涼山(せいりょうざん)。知多四国八十八ヶ所霊場の第1番札所(発願寺)で、巡礼はこの寺から始まる。鎌倉時代に天台宗の寺院として開かれたと伝わり、永正2年(1505)に実田以耘和尚(じつでんいうんおしょう)によって曹洞宗に改宗された。桶狭間の戦いの戦死者を弔った「戦人塚」や今川義元の位牌でも知られる。同名の「曹源寺」が岡山県などにも登録されているため、識別のため「豊明曹源寺」として登録している。
岩屋寺
寺いわやじ
知多郡南知多町
御朱印知多半島の南端近く、南知多町の山あいにある尾張高野山宗(おわりこうやさんしゅう)の総本山です。山号は大慈山(だいじさん)。弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が修行した地と伝わり、「尾張の高野山」と呼ばれてきました。知多四国八十八ヶ所霊場の第43番札所で、国の重要文化財の大蔵経(だいぞうきょう)と金銅法具(こんどうほうぐ)を伝えています。
玄猷寺
寺げんゆうじ
東海市
御朱印曹洞宗の寺院で、山号は瑞雲山(ずいうんざん)。知多四国八十八ヶ所霊場の第84番札所。暦応2年(1339)、臨済宗天龍寺派の開祖・夢窓国師(むそうこくし)が後醍醐天皇の菩提を弔うために建立し、慶長5年(1600)に曹洞宗の寺院として復興された。織田信長による比叡山焼き討ちの際に持ち出されたと伝わる聖徳太子童形像を伝えることでも知られる。
圓通寺
寺えんつうじ
大府市
御朱印知多四国八十八ヶ所霊場の第88番、結願寺(けちがんじ)。曹洞宗の寺院で、山号は瑞木山(ずいぼくざん)。本尊は珍しい馬頭観世音菩薩(ばとうかんぜおんぼさつ)です。88か寺をめぐる巡礼者が最後にたどり着く寺として知られています。
光照院
寺こうしょういん
半田市
御朱印西山浄土宗(せいざんじょうどしゅう)の寺院で、山号は前明山(ぜんみょうざん)。本尊は阿弥陀如来。知多四国八十八ヶ所霊場の第19番、法然上人二十五霊場の第24番を兼ねる。半田運河にほど近い「蔵のまち」の一角にあり、平安時代末期の作と伝わる聖観世音菩薩立像(半田市指定文化財)を秘仏として祀ることでも知られる。
龍台院
寺りゅうだいいん
半田市
御朱印曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院で、山号は萬松山(ばんしょうざん)。知多四国八十八ヶ所霊場(ちたしこくはちじゅうはちかしょれいじょう)の第20番札所。本尊は十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)。知多半田駅から歩いてすぐの、緑と桜に包まれた古刹。
観音寺
寺かんのんじ
東浦町
御朱印知多四国八十八ヶ所霊場の第10番札所。曹洞宗の寺院で、山号は福聚山(ふくじゅざん)。本尊は聖観世音菩薩で、行基(ぎょうき)作と伝わります。もとは畑仕事の合間に手を合わせる小さな観音堂でしたが、地域の篤い信仰によって知多四国霊場の札所に選ばれ、昭和17年(1942)に寺として認められました。
医王寺
寺いおうじ
知多郡南知多町
御朱印真言宗豊山派の寺院。知多四国八十八ヶ所霊場・第30番札所。本尊は薬師如来。かつては一山十二坊の塔頭を持つ知多半島有数の大寺院として栄えたが、現在は住職が常駐しない無住の寺となっている。
栖光院
寺せいこういん
知多市
御朱印知多四国八十八ヶ所霊場の第80番札所で、曹洞宗(そうとうしゅう)のお寺です。本尊は聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)。仁王門の後ろにそびえる大楠(おおくす)は樹齢850年ともいわれ、白い築地塀(ついじべい)に沿った石段を上ると、観音堂と大師堂が並んで参拝者を迎えます。
影向寺
寺ようごうじ
知多郡南知多町
御朱印普門山(ふもんざん)と号する曹洞宗(そうとうしゅう)の寺で、知多四国八十八ヶ所霊場の第40番札所です。知多半島の南の端に近い南知多町豊浜にあり、本尊は十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)。安産の腹帯(はらおび)をさずける寺として知られ、子安観音(こやすかんのん)の足もとの地下には十二支の守り本尊がまつられています。本堂には、立川流(たてかわりゅう)の名工による彫刻が残っています。
誓海寺
寺せいかいじ
知多郡美浜町
御朱印曹洞宗の寺院。山号は天竜山(てんりゅうさん)。知多四国八十八ヶ所霊場・第27番札所。弘法大師作と伝わる愛染明王(あいぜんみょうおう)を祀り、縁結びのご利益で知られる。野間大坊(のまだいぼう、知多四国霊場第51番)のすぐ近くに鎮座する古刹。