この寺について
知多半島の南端近く、南知多町の山あいにある尾張高野山宗(おわりこうやさんしゅう)の総本山です。山号は大慈山(だいじさん)。弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が修行した地と伝わり、「尾張の高野山」と呼ばれてきました。知多四国八十八ヶ所霊場の第43番札所で、国の重要文化財の大蔵経(だいぞうきょう)と金銅法具(こんどうほうぐ)を伝えています。
歴史・由来
岩屋寺を知る鍵は、「尾張の高野山」という呼び名にあります。
【天皇の願いで開かれた寺】
寺の伝えによれば、霊亀(れいき)元年(715)、元正天皇(げんしょうてんのう)の願いによって開かれました。天皇の使いが送られ、奈良時代の名僧・行基(ぎょうき)を導師として本尊の開眼供養(かいげんくよう)が行われたといいます。
【空海がこの地を気に入った】
大同(だいどう)3年(808)と弘仁(こうにん)7年(816)には、弘法大師空海が訪れたと伝わります。816年には奥之院(おくのいん)で百日間の護摩(ごま)の修行を行い、その灰で千手観音の像を造ったという言い伝えも残ります。空海がこの地を気に入って修行したことから、「尾張の高野山」と呼ばれるようになりました。
【焼失と中興】
慶長(けいちょう)5年(1600)、本堂と多くの建物が焼けてしまいます。文政(ぶんせい)2年(1819)に豪潮律師(ごうちょうりっし)が住職となり、伽藍(がらん。寺の建物)を整えて寺を立て直しました。
【ひとつの宗派の総本山へ】
長く天台宗(てんだいしゅう)の寺でしたが、昭和26年(1951)に独立し、尾張高野山宗の総本山となりました。
見どころ・特徴
【奥之院】空海が百日間の護摩修行を行ったと伝わる場所で、三重塔などが立ちます。知多四国の番外札所です。毎月17日には護摩の法要が行われます。
【国の重要文化財・大蔵経】宋の時代、淳祐(じゅんゆう)10年(1250)に中国で刊行されたお経を中心とした5,463帖(じょう)の大蔵経です。欠けている巻が少なく、ほぼ完全にそろっていることで知られます。
【国の重要文化財・金銅法具類】五鈷杵(ごこしょ)や五鈷鈴(ごこれい)など、密教の儀式に使う金銅の道具一式。空海が唐から持ち帰り、奥之院を開いたときの仏事に使ったものと伝えられています。
【五百羅漢と一切経蔵】境内には、一体ごとに表情の違う五百羅漢(ごひゃくらかん)や、お経を納める一切経蔵(いっさいきょうぞう)があります。
年中行事・お祭り
【節分】例年2月3日
【九万九千日・灯りフェスタ】例年8月8日〜9日
この日にお参りすると、9万9千日分お参りしたのと同じご利益があるとされる縁日です。
【弁天稚児行列】例年11月2日
着飾った子どもたちが境内を練り歩きます。
【毎月の大祭】毎月17日
本尊の大祭です。奥之院では護摩の法要が行われます。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
千手千眼観音菩薩
社格
尾張高野山宗総本山・知多四国八十八ヶ所霊場第43番札所
創建
霊亀元年(715)、元正天皇の勅願により行基が開いたと伝わる
ご利益
厄除け商売繁盛健康・病気平癒子宝・安産
テーマ
霊場・巡礼重要文化財
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
愛知県知多郡南知多町山海間草109
参拝時間
9時から16時まで。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】名鉄河和線「河和」駅からタクシーで約10分。
【バス】南知多町のコミュニティバス「海っ子バス」を利用できます(土日祝日のみ運行)。
【車】南知多道路「南知多IC」から約10分(約7.3キロ)。無料の大駐車場あり(観光バスも駐車できます)。毎月17日の大祭など行事の日は第一駐車場が満車になるため、第二駐車場を使ってください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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