この寺について
普門山(ふもんざん)と号する曹洞宗(そうとうしゅう)の寺で、知多四国八十八ヶ所霊場の第40番札所です。知多半島の南の端に近い南知多町豊浜にあり、本尊は十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)。安産の腹帯(はらおび)をさずける寺として知られ、子安観音(こやすかんのん)の足もとの地下には十二支の守り本尊がまつられています。本堂には、立川流(たてかわりゅう)の名工による彫刻が残っています。
歴史・由来
【三つの寺がひとつになった寺】
影向寺を理解する鍵は、この寺がもともと三つの寺だったことです。
【戦国時代の始まり】
寺の伝えによると、影向寺は永禄年間(1558〜1570)、戦国時代のさなかに開かれました。明治時代のはじめ、この地にあった浄心寺(じょうしんじ)、影向寺、光福寺(こうふくじ)の三つの寺がひとつにまとまり、今の影向寺になりました。境内にさまざまな仏さまがまつられ、いくつもの霊場の札所をかねているのは、この成り立ちと関係しています。
【弘法大師と安産の祈り】
影向寺は、弘法大師(こうぼうだいし)の誓いにもとづく安産祈願の寺として知られ、妊娠した人に安産の腹帯をさずけてきました。本堂の左奥には、知多四国第40番の弘法大師像を中心に、子安大師(こやすだいし)と、大師の母をまつる御母公大師(ごぼこうだいし)が並んでいます。母と子を守る大師さまとして、安産・子育て・病よけの祈りを受けとめてきました。
【立川流の彫刻】
本堂には、立川流の名工・立川音四郎種清(たてかわおとしろうたねきよ)による、親子の龍や獅子、霊獣の彫刻があります。本尊をおさめる厨子(ずし)は元治元年(1864)のもので、立川流らしい「粟に鶉(あわにうずら)」の図柄が見られます。
見どころ・特徴
【子安観世音菩薩と十二支守護本尊】昭和46年(1971)に建てられた子安観音像は、参拝する人にやさしいまなざしを向けています。台座の下の地下室には、生まれ年ごとの守り本尊がまつられていて、自分の干支の仏さまにお参りできます。
【立川流の彫刻】本堂を飾る親子の龍や獅子の彫刻と、元治元年(1864)の厨子の「粟に鶉」は、見逃せない見どころです。
【観音堂】秘仏の聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)をまつるお堂で、南知多三十三観音の第21番霊場です。寺では東海地方でもっとも古い霊場としていて、毎年10月には多くの人がお参りします。お堂の左右には福禄寿尊天(ふくろくじゅそんてん)と薬師如来(やくしにょらい)がまつられています。
【地蔵尊】水子地蔵尊や病よけ地蔵尊が並び、供養や病気が治るように願う人が手を合わせます。
年中行事・お祭り
学び・特徴
主祭神
十一面観世音菩薩
社格
曹洞宗・知多四国八十八ヶ所霊場第40番札所・南知多三十三観音第21番(観音堂)
創建
永禄年間(1558〜1570)と伝わる。明治初期に浄心寺・影向寺・光福寺が合併
ご利益
子宝・安産健康・病気平癒
テーマ
霊場・巡礼
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
愛知県知多郡南知多町豊浜中之浦84
アクセス
名鉄知多新線「内海」駅からコミュニティバス(海っ子バス)に乗り、「中須」バス停下車、徒歩約3分。車の場合は南知多道路の豊丘インターから、南知多町役場西の信号を左折し、豊浜交差点を右折して約1.5キロメートル。駐車場あり(県道沿いの黄色い看板が目印)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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