大阪府の寺
25 件
四天王寺
寺してんのうじ
大阪市天王寺区
御朱印和宗の総本山。推古天皇元年(593)、聖徳太子が物部守屋との戦いの勝利祈願に建立を誓い創建した日本最古の官寺のひとつ。毎月21日の「大師会」、22日の「太子会」には露天市が立ち多くの参拝客が訪れる。
観心寺
寺かんしんじ
河内長野市
御朱印高野山真言宗の別格本山。大宝元年(701)、役行者(えんのぎょうじゃ)の開創と伝わり、弘仁年間に弘法大師空海が真言宗の道場として整備した。国宝の如意輪観世音菩薩坐像は平安時代の仏像彫刻の傑作のひとつで、秘仏として年に一度だけ開帳される。境内は国史跡に指定され、楠木正成(くすのきまさしげ)の首塚があることでも知られる。
叡福寺
寺えいふくじ
南河内郡太子町
御朱印大阪府太子町にある、聖徳太子(しょうとくたいし)の御廟(ごびょう、お墓)を守る寺。四天王寺・法隆寺と並ぶ太子信仰の中心地で、「上之太子(かみのたいし)」と呼ばれます。御廟には太子と、母の穴穂部間人皇后(あなほべのはしひとのこうごう)、妃の膳部大郎女(かしわでのおおいらつめ)の三人が葬られていると伝わり、「三骨一廟(さんこついちびょう)」と呼ばれています。重要文化財の聖霊殿(しょうりょうでん)と多宝塔(たほうとう)が建ち、境内は大阪府の史跡に指定されています。
葛井寺
寺ふじいでら
藤井寺市
御朱印真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)、山号は紫雲山(しうんざん)。神亀2年(725)、聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願(ちょくがん)で行基(ぎょうき)が開いたと伝わる。本尊の乾漆千手観音菩薩坐像(国宝)は、実際に1,041本の手を持つ日本最古の千手観音像とされ、坐像としては珍しい作例。西国三十三所第5番札所。
道明寺
寺どうみょうじ
藤井寺市
御朱印真言宗御室派の尼寺。菅原道真の曽祖父・土師宿禰の邸宅跡に建つ。「道明寺の梅」として知られる梅の名所で、道明寺粉(道明寺天満宮とともに道明寺の地名に由来)の発祥地ともされる。
弥勒寺
寺みろくじ
箕面市
御朱印真言宗系の寺院。「箕面の滝」として名高い箕面公園の近くに位置し、西国三十三所の札所巡礼の拠点ともなってきた。秋の紅葉は「日本紅葉の名所100選」に選ばれる景勝地に隣接する古刹。
施福寺
寺せふくじ
和泉市
御朱印天台宗の寺院で、槙尾山(まきおさん)の深い山中に位置する。欽明天皇(きんめいてんのう)の時代、6世紀に行満上人(ぎょうまんしょうにん)が開いたと伝わる古刹で、江戸時代の初め頃に真言宗から天台宗へ改宗した。西国三十三所第4番札所で、険しい石段を登った先の本堂には本尊の弥勒如来と、巡礼の礼拝対象となる十一面千手観音がともに祀られている。境内には日本でここだけと伝わる方違大観音(ほうちがいだいかんのん)や馬頭観音(ばとうかんのん)もあり、見どころの多い山岳寺院である。
総持寺
寺そうじじ
茨木市
御朱印高野山真言宗の古刹。元慶3年(879年)ごろ、中納言・藤原山蔭が創建し、山蔭の三回忌にあたる寛平2年(890年)に伽藍が完成したと伝わる。西国三十三所第22番札所。山蔭の父・高房が助けた亀が、のちに幼い山蔭の命を救ったという「亀の恩返し」伝説で知られ、「亀の寺」とも呼ばれる。本尊・千手観音は亀の背に立つ姿で知られる秘仏。山蔭は日本料理の一流派「四条流包丁道」の祖ともされ、「料理の神」としても信仰を集める。阪急総持寺駅のすぐそばに位置する、参拝しやすい平地の古刹。
勝尾寺
寺かつおじ
箕面市
御朱印高野山真言宗の古刹、応頂山勝尾寺(おうちょうざんかつおじ)。西国三十三所第23番札所。神亀4年(727)に善仲・善算(ぜんちゅう・ぜんさん)の兄弟が草庵を結んだのが起こりで、宝亀6年(775)、弟子の開成皇子(かいじょうしんのう)が大般若経を納めた堂を「弥勒寺(みろくじ)」と名づけたのが直接の創建とされる。平安時代、住職・行巡上人(ぎょうじゅんしょうにん)の祈祷で清和天皇の病が治ったことから「勝王寺」の寺号を賜ったが、王の字を恐れ多いとして「勝尾寺」に改めたと伝わる。この由来から「勝運の寺」として知られ、境内には祈願成就のお礼に奉納された「勝ちダルマ」が数えきれないほど並ぶ。
太融寺
寺たいゆうじ
大阪市北区
御朱印高野山真言宗の寺院。弘仁12年(821)、弘法大師空海が霊木で地蔵菩薩・毘沙門天を刻んで草庵を結んだのが始まりと伝わる。翌年、嵯峨天皇から千手観音菩薩が授けられて本尊となり、承和10年(843)には天皇の皇子・源融(みなもとのとおる、光源氏のモデルの一人ともいわれる)が七堂伽藍を建立し、その名(諱)にちなんで「太融寺」と称されるようになった。境内には、大坂夏の陣で亡くなった淀殿(茶々)の墓と伝わる宝篋印塔もある。新西国三十三ヶ所、摂津国八十八ヶ所など複数の霊場札所を兼ねる。
金剛寺
寺こんごうじ
河内長野市
御朱印大阪府河内長野市にある真言宗御室派の大本山。天平年間(729-749)、聖武天皇の勅願により行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が開いたと伝わる。平安時代末期に阿観上人(あかんしょうにん)が再興し、高野山が女人禁制だった時代に女性の参拝を受け入れたことから「女人高野」とも呼ばれる。金堂・多宝塔・楼門など中世の建造物群(いずれも重要文化財)が残り、堂内の本尊・大日如来坐像は国宝に指定されている。
滝谷不動明王寺
寺たきだにふどうみょうおうじ
富田林市
御朱印「日本三大不動」の一つ(成田山新勝寺・木原山大聖院と並ぶ説)。弘仁12年(821)、弘法大師空海の開創。「眼の不動明王」として、目の悩みを持つ参拝者の聖地。
犬鳴山七宝瀧寺
寺いぬなきさんしっぽうりゅうじ
泉佐野市
御朱印大阪府泉佐野市の山あいにある、真言宗犬鳴派(しんごんしゅういぬなきは)の大本山です。修験道(しゅげんどう)の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたと伝わり、大峰山(おおみねさん)より早く開かれたことから「元山上(もとさんじょう)」と呼ばれます。本尊は倶利伽羅大龍不動明王(くりからだいりゅうふどうみょうおう)。主人を守って命を落とした犬の「義犬伝説」が山の名の由来です。
大乗坊
寺だいじょうぼう
大阪市浪速区
正式名「宝満寺大乗坊」。真言宗の寺院。大阪七福神(=毘沙門天担当)の一寺。本尊は毘沙門天像で、大坂の陣(1614-1615)の戦火を免れて秘仏として伝わる稀有な聖地。難波(=大阪のミナミ)の中心、でんでんタウン(=電気街)のすぐ近く。
法案寺
寺ほうあんじ
大阪市中央区
正式名「日本橋聖天 法案寺南坊」。高野山真言宗の寺院。大阪七福神(=弁財天担当)の一寺。聖徳太子( 法隆寺・四天王寺関連)の創建と伝わる古刹。「日本橋聖天」=境内に祀られる聖天尊で、芸能・縁結びの聖地として、現代も親しまれる。
長久寺
寺ちょうきゅうじ
大阪市中央区
日蓮宗の寺院。大阪七福神(=福禄寿担当)の一寺。天正5年(1577)、淀君(=豊臣秀吉の側室、 関連)の母・大政所が、当地に祀ったのが起源と伝わる稀有な聖地。「大坂の陣」の歴史を伝える谷町筋に鎮座。
法楽寺
寺ほうらくじ
大阪市東住吉区
通称「たなべ不動尊」「田辺不動尊」。真言宗泉涌寺派の大本山。真言宗十八本山の一つ。社伝によれば、治承2年(1178)、平重盛(たいらのしげもり、=平清盛の嫡男)の創建。御本尊は不動明王。「大阪南部の不動信仰の中心」として、現代も篤い信仰を集める。境内に「三重塔」(平成8年/1996建立)=平成の優美な三重塔。
鶴満寺
寺かくまんじ
大阪市北区
御朱印天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)の寺院。山号は雲松山(うんしょうざん)。新西国三十三所観音霊場(しんさいごくさんじゅうさんしょかんのんれいじょう)第3番札所で、寺伝では奈良時代の創建と伝わり、江戸時代の宝暦3年(1753年)に現在の地へ移った。本堂には鎌倉時代作の阿弥陀如来(あみだにょらい)、観音堂には子安観音(こやすかんのん)を祀る。境内の銅鐘(どうしょう)は高麗(こうらい)時代初期に朝鮮半島で鋳造された渡来鐘で、国の重要文化財に指定されている。
弘川寺
寺ひろかわでら
南河内郡河南町
御朱印大阪府河南町にある真言宗醍醐派の準別格本山。社伝によれば天智天皇4年(665年)、役行者(えんのぎょうじゃ)の創建と伝わる。新西国三十三観音霊場第27番、西国四十九薬師霊場第13番の札所でもある。何より知られるのは、「願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃」と詠んだ歌人・西行法師(さいぎょうほうし)が、文治6年(1190年)2月16日、まさに願い通りの桜の季節にこの寺で入寂したことである。境内には西行を弔う西行塚や、資料を展示する西行記念館があり、今も歌人ファンが訪れる聖地となっている。
千手寺
寺せんじゅうじ
東大阪市
御朱印真言宗の寺院。通称「光堂(こうどう)」。伝承によれば白鳳時代(はくほうじだい、7世紀後半)に役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたとされ、のちに在原業平(ありわらのなりひら)が中興したと伝わる。河内西国霊場第10番、役行者霊跡(えんのぎょうじゃれいせき)三十六霊場の札所。
高貴寺
寺こうきじ
南河内郡河南町
大阪府河南町平石(ひらいし)の山あいにある、高野山真言宗のお寺です。山号は神下山(しんげざん)、本尊は五大明王(ごだいみょうおう)。寺伝では役行者(えんのぎょうじゃ)が開き、弘法大師(こうぼうだいし)もここに滞在したと伝わります。江戸時代には慈雲尊者(じうんそんじゃ)が寺を復興し、正法律(しょうぼうりつ)の総本山となりました。境内は大阪府の史跡に指定されています。
水間寺
寺みずまでら
貝塚市
御朱印水間寺(みずまでら)は、大阪府貝塚市水間にある天台宗別格本山(てんだいしゅうべっかくほんざん)の寺院です。「水間観音(みずまかんのん)」の名で親しまれ、厄除けの観音さまとして古くから信仰を集めてきました。新西国三十三箇所(しんさいごくさんじゅうさんかしょ)第4番札所であり、境内には総檜(そうひのき)造りの三重塔がそびえています。
西方院
寺さいほういん
南河内郡太子町
御朱印西方院(さいほういん)は、大阪府南河内郡太子町にある浄土宗の寺院です。聖徳太子(しょうとくたいし)の墓所である叡福寺(えいふくじ)のすぐそばにあり、推古天皇30年(622年)に太子に仕えた三人の侍女が出家して建てたのが始まりと伝わります。この三人は「三尼公(さんにこう)」と呼ばれ、境内には三尼公の墓と伝わる石塔や、太子作と伝わる阿弥陀如来像を祀る本堂があります。新西国三十三箇所第8番、河内西国霊場第3番の札所として、今も多くの参拝者や御朱印集めの人が訪れています。
東光院
寺とうこういん
豊中市
御朱印東光院は大阪府豊中市にある曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院で、「萩の寺」の通称で親しまれています。奈良時代に行基(ぎょうき)が創建したと伝わる古い歴史を持ち、新西国三十三箇所第12番札所、阪急沿線西国七福神の毘沙門天(びしゃもんてん)の札所としても知られます。境内には秋になると約3000株の萩が咲き誇り、北大路魯山人(きたおおじろさんじん)が名づけた庭園「萩露園」や、正岡子規(まさおかしき)・高浜虚子(たかはまきょし)の句碑もあります。
神峯山寺
寺かぶさんじ
高槻市
御朱印神峯山寺(かぶさんじ)は、大阪府高槻市の山あいに建つ天台宗の寺院です。山号は根本山(こんぽんざん)。「日本で最初に毘沙門天(びしゃもんてん)が安置された霊場」として知られ、本堂には毘沙門天・兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)・双身毘沙門天(そうじんびしゃもんてん)の3体が祀られています。新西国三十三箇所第14番札所でもあり、境内一帯は自然豊かな紅葉の名所として親しまれています。