この寺について
高野山真言宗の古刹。元慶3年(879年)ごろ、中納言・藤原山蔭が創建し、山蔭の三回忌にあたる寛平2年(890年)に伽藍が完成したと伝わる。西国三十三所第22番札所。山蔭の父・高房が助けた亀が、のちに幼い山蔭の命を救ったという「亀の恩返し」伝説で知られ、「亀の寺」とも呼ばれる。本尊・千手観音は亀の背に立つ姿で知られる秘仏。山蔭は日本料理の一流派「四条流包丁道」の祖ともされ、「料理の神」としても信仰を集める。阪急総持寺駅のすぐそばに位置する、参拝しやすい平地の古刹。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、「亀の恩返し」と呼ばれる由緒にある。平安時代、藤原高房(ふじわらのたかふさ)が淀川を船で下っていたとき、漁師たちに捕らえられていた大きな亀を見つけ、買い取って川に放してやった。その夜、高房の子・山蔭(やまかげ)は、継母の企みによって川に落とされてしまう。すると、かつて高房が助けたあの大亀が現れ、山蔭を甲羅に乗せて救い上げたと伝わる。観音の御恩と信じた高房は千手観音像を造ることを願ったが、その願いを果たす前に世を去った。父の遺志を継いだ山蔭が千手観音像を造立して祀ったのが、この寺の始まりという。
創建は元慶3年(879年)ごろとされ、山蔭の三回忌にあたる寛平2年(890年)に伽藍が完成したと伝わる。本尊の千手観音は、亀の背に立つ姿で表され、今も秘仏として大切に守られている。
藤原山蔭は平安時代の貴族・歌人であるとともに、日本料理の一流派「四条流包丁道(しじょうりゅうほうちょうどう)」の祖ともされる人物。今も「料理の神」として、料理人からの信仰を集めている。境内には、使わなくなった包丁を納める「庖丁塚(ほうちょうづか)」もある。
「亀」にまつわる伝説から、境内には亀の意匠が随所に見られ、「亀の寺」として親しまれている。
見どころ・特徴
大阪府茨木市の市街地に位置する。
「亀」の意匠が境内の随所にあり、「亀の寺」として親しまれている。本尊の千手観音は、亀の背に立つ珍しい姿で表される秘仏。
「料理の神」として、開山・藤原山蔭にちなみ、料理人の参拝も多い。境内には、役目を終えた包丁を納める「庖丁塚(ほうちょうづか)」もある。
毎年4月18日の「山蔭流包丁式(やまかげりゅうほうちょうしき)」は、開山・藤原山蔭卿の御前で行われる伝統の儀式。庖丁士が魚などに直接手を触れることなく、包丁とまな箸だけで調理する姿を見ることができる。
近隣の勝尾寺(既存)、箕面と組み合わせて訪れたい。
年中行事・お祭り
【山蔭流包丁式】例年4月18日
開山・藤原山蔭卿の御前で行われる伝統の儀式。庖丁士が魚などに直接手を触れることなく、包丁とまな箸だけで調理する姿を見ることができる。
【秘仏本尊御開扉】例年4月ごろ
ふだんは公開されない秘仏・千手観音の御開扉が行われる。
【きゅうり加持会】例年7月
きゅうりに病気平癒などの願いを込めて祈願する行事。
【精霊送り・ペット供養会】例年8月
お盆にあわせて営まれる供養の行事。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
千手観音
社格
高野山真言宗。西国三十三所第22番札所。
創建
元慶3年(879年)ごろ、藤原山蔭が創建。山蔭の三回忌にあたる寛平2年(890年)に伽藍が完成したと伝わる。
ご利益
縁結び家内安全厄除け
テーマ
パワースポット
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
住所
大阪府茨木市総持寺1-6-1
参拝時間
開門は6時、閉門は17時です。拝観は無料です。御朱印・納経の受付は8時から17時までです。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
阪急京都線「総持寺」駅、またはJR京都線「JR総持寺」駅から徒歩約5分です。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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