東京都 中央区の神社
9 件
小網神社
神社こあみじんじゃ
中央区
御朱印強運厄除の社として人気。「東京銭洗い弁天」でも知られ、参拝者の行列ができる。

水天宮
神社すいてんぐう
中央区
御朱印日本橋蛎殻町に鎮座する安産・子授けの神社。文政元年(1818年)、久留米藩九代藩主・有馬頼徳が江戸の上屋敷に久留米水天宮の分霊を勧請したのが始まり。 祭神は天御中主大神、安徳天皇、建礼門院、二位の尼。 妊娠五か月目の戌の日に安産を祈願する習わしで全国に知られ、日々多くの参拝者が訪れる。 平成28年(2016年)の造替で、境内全体に免震構造を備えた現代的な社殿となった。
鉄砲洲稲荷神社
神社てっぽうずいなりじんじゃ
中央区
御朱印湊・新富一帯の鎮守。境内に富士塚(鉄砲洲富士)が残る。

茶ノ木神社
神社ちゃのきじんじゃ
中央区
日本橋人形町に鎮座する小さな稲荷社。祭神は倉稲魂大神。下総佐倉藩主・堀田家の中屋敷の邸内社に始まり、社の周囲に植えられた茶の木の緑垣が見事であったことから「お茶の木様」と呼ばれた。 堀田家の屋敷と周辺で長年火事が起きなかったことから火伏せの神として信仰を集める。 昭和60年(1985年)に布袋尊を合祀し、日本橋七福神の一社となった。

松島神社
神社まつしまじんじゃ
中央区
日本橋人形町に鎮座。かつてこの一帯が入り江だった時代、松の茂る小島にあったことが社名の由来と伝わる。 下総から移り住んだ柴田氏の邸内社に始まり、のちに周辺の人々が信仰する神々が次々に合祀され、現在は14柱を祀る。 日本橋七福神の大国神。 願い事を書いて枕の下に入れる「良夢札」で知られる。 通称は人形町大鳥神社で、11月の酉の日には酉の市が立つ。

末廣神社
神社すえひろじんじゃ
中央区
日本橋人形町に鎮座。祭神は宇賀之美多摩命と武甕槌命。 慶長元年(1596年)には既に鎮座していたと伝わり、元和3年(1617年)に幕府公認の遊郭・葭原(のちの吉原)が置かれると、その総鎮守となった。 明暦の大火で吉原が浅草へ移った後は、跡地の四町の氏神として続く。 延宝3年(1675年)の社殿修復で本殿から末広扇が見つかったことが社名の由来。 日本橋七福神の毘沙門天。

笠間稲荷神社東京別社
神社かさまいなりじんじゃとうきょうべっしゃ
中央区
日本橋浜町に鎮座する稲荷社。 安政6年(1859年)、笠間藩八代藩主・牧野貞直が江戸下屋敷内に、常陸国笠間の本社から御分霊を勧請したのが始まり。 祭神は宇迦之御魂神。 大名屋敷の邸内社でありながら、初午の日には門を開いて日本橋の町人の参拝を許したと伝わる。 通称は「紋三郎稲荷」。日本橋七福神の寿老神を担う。

椙森神社
神社すぎのもりじんじゃ
中央区
日本橋堀留町に鎮座する稲荷社。 約千年前、藤原秀郷が平将門追討の戦勝を祈願した地と伝えられ、文正元年(1466年)には太田道灌が雨乞いを祈願し、のちに伏見稲荷より五社稲荷大神を勧請した。 江戸時代には烏森・柳森とともに「江戸三森」と称され、幕府公認の富くじ興行の地として賑わった。 境内の富塚は今も宝くじ当選を願う人が絶えない。 日本橋七福神の恵比寿神。

寳田恵比寿神社
神社たからだえびすじんじゃ
中央区
オフィス街の一角に建つ、狛犬も手水舎もない小さな社。 もとは江戸城内にあった宝田村の鎮守で、慶長11年(1606年)の江戸城拡張にともない、名主・馬込勘解由が村人を率いて大伝馬町へ移り住んだ際、社もともに遷った。 御神体の恵比寿神像は徳川家康から授けられたと伝わる。 毎年10月19日・20日の「べったら市」では、この静かな社の周囲に約500の露店が並び、1500を超える提灯が灯る。