TabiShiri
神社 中央区

茶ノ木神社

ちゃのきじんじゃ

東京都・中央区の神社「茶ノ木神社」

Akeiro Torii, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

この神社について
日本橋人形町に鎮座する小さな稲荷社。祭神は倉稲魂大神。下総佐倉藩主・堀田家の中屋敷の邸内社に始まり、社の周囲に植えられた茶の木の緑垣が見事であったことから「お茶の木様」と呼ばれた。 堀田家の屋敷と周辺で長年火事が起きなかったことから火伏せの神として信仰を集める。 昭和60年(1985年)に布袋尊を合祀し、日本橋七福神の一社となった。

歴史・由来

この社の信仰の成り立ちは、因果が普通と逆になっている。 多くの火伏せの社は「火除けの神を祀ったから火事を免れる」という順序で語られる。 ところが茶ノ木神社は違う。下総佐倉藩主・堀田家の中屋敷に祀られていたこの社の周辺では、長い年月にわたって火事が起きなかった。屋敷にも、近隣にも。その事実そのものが評判となり、人々が「火伏せの神」として信仰するようになった。 これがどれほど異例なことか。「火事と喧嘩は江戸の華」と言われたとおり、江戸は繰り返し大火に見舞われた町である。木造家屋が密集し、いったん火が出れば町ごと焼ける。その江戸において「ここだけ焼けなかった」という事実は、神威の証しとして受け止められるに十分だった。信仰が先にあったのではなく、結果が信仰を呼んだ社である。 社名の由来は、より穏やかだ。社の周囲には茶の木が植え込まれ、その緑垣が見事であったことから「お茶の木様」と親しまれるようになった。祭神は倉稲魂大神。稲荷の社である。 大名屋敷の邸内社という出自は、日本橋界隈の他の社とも共通する。参勤交代でこの地に藩邸が置かれ、そこに祀られた神が、明治の藩邸解体を経て町の鎮守として残った。水天宮が久留米藩有馬家の邸内社から始まったのと同じ構図である。江戸という都市の成り立ちが、そのまま神社の分布に現れている。 昭和60年(1985年)、布袋尊を合祀。日本橋七福神めぐりの一社として、正月に多くの参拝者を迎えるようになった。

見どころ・特徴

【火伏せの神】火事を防いだ実績が信仰になった、という珍しい成り立ちを持つ。江戸の大火の歴史を思えば、この一帯が焼けずに残ったことの重みが分かる。防火・防災を願う参拝は今も続いている。 【茶の木の由来】社名のとおり、周囲に植えられた茶の木の緑垣が地域の目印だった。「お茶の木様」という通称は、その頃の呼び名がそのまま残ったもの。神社の名前が景観から付くという、素朴で分かりやすい命名。 【日本橋七福神の布袋尊】昭和60年(1985年)に合祀された。七福神のなかでも布袋尊は実在の僧をもとにするとされる異色の存在で、大きな袋を担ぐ姿は寛容と円満の象徴とされる。 【ビル街の小さな鎮守】社殿は小さく、周囲はオフィスビルと飲食店。人形町の路地を歩いていて不意に出会うたたずまいで、規模の小ささがかえって町に根づいている感じを伝える。 【大名屋敷から町の鎮守へ】堀田家の中屋敷という出自は、水天宮(久留米藩有馬家)と同じパターン。日本橋界隈を歩くと、参勤交代でこの地に集まった全国の藩の痕跡が、神社というかたちで残っていることに気づく。
年中行事・お祭り
【初午祭】例年2月の初午の日 稲荷社としての最も重要な祭儀。初午は2月最初の午の日で、年によって日付が変わる。伏見稲荷に神が降りたとされる日にちなみ、全国の稲荷社で祭が行われる。 【日本橋七福神めぐり】例年1月1日〜7日 正月の松の内、日本橋界隈の七社を巡る七福神めぐり。当社は布袋尊を担う。巡拝距離が短く半日で歩けるため、都心の正月の風物詩として親しまれている。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず現地または公式の案内でご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
創建
堀田家中屋敷の邸内社に由来(創建年は不詳)
この場所を巡る軸
基本情報
住所
東京都中央区日本橋人形町1-12-11
アクセス
地下鉄人形町駅・水天宮前駅から徒歩圏
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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