TabiShiri
神社 中央区

松島神社

まつしまじんじゃ

東京都・中央区の神社「松島神社」

Akeiro Torii, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

この神社について
日本橋人形町に鎮座。かつてこの一帯が入り江だった時代、松の茂る小島にあったことが社名の由来と伝わる。 下総から移り住んだ柴田氏の邸内社に始まり、のちに周辺の人々が信仰する神々が次々に合祀され、現在は14柱を祀る。 日本橋七福神の大国神。 願い事を書いて枕の下に入れる「良夢札」で知られる。 通称は人形町大鳥神社で、11月の酉の日には酉の市が立つ。

歴史・由来

ビルの一階部分に社殿が収まっている。その姿だけを見ると現代的な神社に映るが、たどると東京の地形そのものが変わった歴史に行き着く。 創建は元亨年間(1321年)以前と伝わる。 当時この一帯は隅田川河口の入り江で、社のある場所は小さな島だった。 下総国から移り住んだ柴田氏が、邸内に神を祀ったのが始まりとされる。 島には松が生い茂っており、そこから「松島稲荷大明神」と呼ばれるようになった。 社名の「松島」は、比喩ではなく実際の地形の記録である。 やがて江戸の都市化とともに周囲は埋め立てられ、島は陸地に呑み込まれた。 人形町となったこの界隈には芝居小屋や職人が集まり、多様な人々が行き交うようになる。 それぞれが信仰する神をこの社に合祀したと伝えられ、祭神は次第に増えていった。 現在祀られているのは14柱。 稲荷大神、伊邪那岐神、伊邪那美神を主として、相殿に天日鷲神(大鳥大神)、大国主神、菅原道真公らが並ぶ。 これだけの神が一社に集まるのは異例だが、裏を返せば、それだけ多くの人がこの小さな社に願いを託してきたということでもある。 神紋は「抱き稲に鷲」。稲荷の稲と、大鳥信仰の鷲が一つの紋に同居している。 現在の通称が「人形町大鳥神社」であるのも、合祀された天日鷲神に由来する。 11月の酉の日に酉の市が立つのはそのためで、稲荷の社でありながら酉の市が立つという、この社の重層的な成り立ちがそのまま年中行事に現れている。 島は消え、松も無く、社殿はビルの中にある。 それでも社名だけが、ここが島だった時代を伝え続けている。

見どころ・特徴

【良夢札(りょうむふだ)】この社を有名にしているお守り。御札に願い事を書き、枕の下に入れて眠ると良い夢を見ることができ、それが正夢になると伝わる。メディアに取り上げられることも多く、これを目当てに訪れる参拝者も少なくない。願いを「夢」というかたちで受け取るという発想が、他にはない。 【ビルの中の社殿】社殿と狛犬が建物の一階部分に収まっている。「ビルの一角にある」というより「ビルの中にある」という表現がふさわしい。鳥居をくぐって手水舎で清め、屋内で参拝するという体験は独特で、都心の神社の一つの到達点でもある。かつて島だった場所が完全に都市に呑まれた姿を、そのまま見ていることになる。 【14柱という祭神の多さ】一社に14柱。江戸期にこの界隈に集まった人々が、それぞれの信仰する神を合祀していった結果と伝わる。人形町という土地の雑多さと賑わいが、祭神の顔ぶれに刻まれている。 【日本橋七福神の大国神】日本橋七福神めぐりの一社で、大国神(大黒神)を担う。御朱印は通常のものと七福神のものの2種類が授与されている。 【抱き稲に鷲の神紋】稲荷の「稲」と大鳥信仰の「鷲」が一つの紋に収まっている。稲荷社でありながら通称が大鳥神社である、この社の二重性を象徴する意匠。 【人形町からの近さ】地下鉄人形町駅から徒歩3分。日本橋七福神は巡拝距離が短く、半日で歩ける。
年中行事・お祭り
【例祭】例年5月15日 松島神社の年間で最も重要な祭儀。 【酉の市】例年11月の酉の日 合祀された天日鷲神(大鳥大神)を祀る「人形町大鳥神社」としての顔が前に出る日。11月の酉の日ごとに市が立ち、熊手が並ぶ。年によって二の酉・三の酉まである。この日限定の御朱印が授与されることもある。稲荷の社に酉の市が立つという重層性が、最も分かりやすく現れる行事。 【日本橋七福神めぐり】例年1月1日〜7日 正月の松の内、日本橋界隈の七社を巡る七福神めぐり。当社は大国神を担う。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず現地または公式の案内でご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

この場所を巡る軸
基本情報
住所
東京都中央区日本橋人形町2-15-2
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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