広島県の城
8 件
青影城
城あおかげじょう
尾道市
因島の中央、青影山(標高約275m)の山上に築かれた、因島村上家(いんのしまむらかみけ)の本城。瀬戸内海・芸予諸島の中央を見下ろし、能島村上家・来島村上家と並ぶ村上水軍三家の中核拠点。
長崎城
城ながさきじょう
尾道市
因島南端、長崎の岬に築かれた因島村上家の海城。本城・青影城と連携し、海上を行き交う船を監視・通行料を徴収する関所機能を担った。岬丸ごとが城郭という典型的な「海城」。
美可崎城
城みかさきじょう
尾道市
因島の南東端、海に突き出した小岬に築かれた因島村上家の海城。来島海峡から燧灘へ抜ける航路を直接見張る位置にあり、関銭徴収の重要拠点として機能した。

福山城
城ふくやまじょう
福山市
御城印徳川家康のいとこ・水野勝成が元和5年(1619)から元和8年(1622)にかけて築いた、近世城郭の完成期を代表する平山城。 西国大名を抑える幕府の拠点として、将軍徳川秀忠から伏見城の建物を拝領して建てられた。伏見櫓と筋鉄御門は往時のまま現存し、国の重要文化財。城跡全体が国史跡に指定されている。天守は昭和20年(1945)の福山空襲で焼失し、昭和41年(1966)に再建された。令和4年(2022)の築城400年に合わせた「令和の大普請」で、全国でここだけという天守北面の鉄板張りが復元された。JR福山駅の新幹線ホームから石垣と天守が見える、駅至近の城である。
郡山城
城こおりやまじょう
安芸高田市
中国地方の覇者・毛利元就の本拠。標高約402mの郡山全域に郭を配する戦国期最大級の山城。一代で安芸の小領主から中国地方の覇者に成り上がった元就の知略の本拠地。
広島城
城ひろしまじょう
広島市中区
別名「鯉城」。毛利輝元が天正17年(1589)に築城。中国・四国地方の覇者・毛利氏の新たな本拠として、太田川河口の三角州に築かれた壮大な平城。原爆で焼失、昭和33年(1958)復元。

三原城
城みはらじょう
三原市
御城印毛利元就の三男・小早川隆景が永禄10年(1567年)に沼田川河口の島をつないで築いた海城。 満潮時に海に浮かんで見えたことから「浮城」と呼ばれた。 天主台は広島城の天守が六つ入るという日本有数の広さで、天守は建てられないまま三基の二重櫓が載っていた。明治以降に城域の大半が鉄道用地となり、いまは天主台がJR三原駅の構内と一体になっている。 国史跡「小早川氏城跡」、続日本100名城172番。

新高山城
城にいたかやまじょう
三原市
御城印沼田川の西岸、標高197.6メートルの山上に築かれた小早川氏の山城。天文21年(1552)、毛利元就の三男として小早川家を継いだ小早川隆景が、対岸の高山城から本拠を移し、山全体を城域とする大規模な要害に造り替えた。以後およそ45年間、瀬戸内の水軍を束ねる小早川氏の中枢となる。慶長元年(1596)に隆景が三原城へ移ったことで廃城となり、以後は手つかずのまま残された。本丸・中の丸・釣井の段・匡真寺跡などの曲輪が良好に遺存し、対岸の高山城跡、海辺の三原城跡とあわせて国史跡「小早川氏城跡」に指定されている。続日本100名城173番。建物は何も残らないが、山城の縄張りを歩いて読み解ける城である。