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城 御城印 福山市

福山城

ふくやまじょう

広島県・福山市の城「福山城」

Jnn, CC BY 2.1 JP, via Wikimedia Commons

この城について
徳川家康のいとこ・水野勝成が元和5年(1619)から元和8年(1622)にかけて築いた、近世城郭の完成期を代表する平山城。 西国大名を抑える幕府の拠点として、将軍徳川秀忠から伏見城の建物を拝領して建てられた。伏見櫓と筋鉄御門は往時のまま現存し、国の重要文化財。城跡全体が国史跡に指定されている。天守は昭和20年(1945)の福山空襲で焼失し、昭和41年(1966)に再建された。令和4年(2022)の築城400年に合わせた「令和の大普請」で、全国でここだけという天守北面の鉄板張りが復元された。JR福山駅の新幹線ホームから石垣と天守が見える、駅至近の城である。

The Modern Polymath, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

歴史・由来

この城を理解する鍵は、「幕府が西国ににらみを利かせるために、わざわざ造らせた城」だという点にある。 元和5年(1619)、安芸・備後を治めていた福島正則が改易となった。その後を受けて備後10万石に入ったのが、大和郡山から移ってきた水野勝成である。勝成は徳川家康のいとこにあたり、幕府にとっては信頼の置ける身内だった。毛利をはじめとする西国の大名が並ぶ土地に、譜代格の武将を置く。それが福山という城下町の出発点だった。 勝成ははじめ神辺城に入ったが、領内を巡ったうえで野上村の常興寺山を城地に選び、新たに城を築くことを決める。元和5年に着工し、元和8年(1622)8月に竣工。城下の町割りも同時に進められ、何もなかった土地に城と町が一度に生まれた。 この城が異例なのは、幕府が全面的に肩入れした点にある。元和元年の一国一城令と武家諸法度で新規築城が厳しく制限されていた時期に、福山城は新築を認められただけでなく、将軍徳川秀忠の命により伏見城の建物が移築された。現存する伏見櫓と筋鉄御門がそれである。天守北面に鉄板を張るという他に例のない仕様も、この城が単なる大名の居館ではなく、軍事拠点として設計されたことを物語る。 水野家は5代で無嗣断絶し、その後は松平氏、さらに阿部氏が入って幕末まで続いた。阿部氏からは老中を務めた阿部正弘が出ている。 明治維新後、廃城令によって多くの建物が取り壊され、天守・伏見櫓・筋鉄御門・鐘櫓などが残された。昭和8年(1933)には伏見櫓・筋鉄御門とともに天守も旧国宝に指定されている。しかし昭和20年(1945)8月8日の福山空襲で天守は焼失した。旧国宝の天守を失ったのは福山城と名古屋城、大垣城、和歌山城などで、戦災は城郭建築にとって決定的な打撃となった。 昭和39年(1964)2月7日、城跡が国史跡に指定。昭和41年(1966)、市民と企業の寄付を基に、残された江戸初期の天守台の上に鉄筋コンクリートで天守が再建された。月見櫓と御湯殿も同時に復興されている。 そして令和4年(2022)、築城400年。耐震改修とあわせて外観を築城当時に近づける「令和の大普請」が行われ、失われていた天守北面の鉄板張りが復元された。焼失前の写真と、市民宅に残っていた実物の鉄板が復元の根拠になった。8月28日、リニューアルオープン。

見どころ・特徴

【伏見櫓】国の重要文化財。本瓦葺・白壁の三重三階櫓で、将軍徳川秀忠の命により伏見城から移された。解体修理の際に「松ノ丸ノ東やぐら」と記された部材が見つかり、伏見城からの移築であることが裏づけられている。現存する伏見城の遺構としてきわめて貴重で、天守が再建であるのに対し、こちらは本物の桃山建築である。 【筋鉄御門】国の重要文化財。本丸の正門にあたる櫓門。柱の角に筋鉄を施し、扉には十数条の筋鉄を打ちつけてあることからこの名がある。伏見城からの移築と伝えられるが、築城時の新造とする見方もある。 【天守北面の鉄板張り】この城最大の特徴。北側は城下町がなく防御が手薄になるため、最上層を除く壁面全体に厚さ3ミリほどの鉄板が張られていた。同じ造りの天守は全国に他になく、令和4年(2022)の大普請で復元された。北側に回り込まないと見えないので、天守を一周してほしい。 【天守台と石垣】天守は再建だが、その下の天守台と本丸・二の丸の石垣は江戸初期のもの。天守台には地下室の遺構が残る。輪郭式の縄張りと、瀬戸内海へ抜ける運河を備えた海城でもあったという立地を、石垣の配置から読み取れる。 【月見櫓・御湯殿】天守とともに昭和41年に復興された建物。御湯殿は本丸南側の石垣上に張り出して建てられ、伏見城からの移築と伝わる。 【福山城博物館】天守の内部が博物館。水野勝成をはじめ歴代藩主の資料や城の歴史を展示する。令和の大普請で展示も全面的に刷新された。 【駅から見える城】新幹線ホームや在来線ホームから石垣と天守が間近に見える。列車を降りてすぐ登城できる城は全国でも数えるほどで、途中下車での訪問がしやすい。
学び・特徴
社格
国史跡「福山城跡」(昭和39年〈1964〉2月7日指定)。伏見櫓・筋鉄御門は国の重要文化財。日本100名城71番。
創建
元和5年(1619)着工、元和8年(1622)竣工。水野勝成による築城。
テーマ
日本100名城
基本情報
住所
広島県福山市丸之内一丁目8番
見学時間
福山城公園(城跡)は常時開放。天守内部の福山城博物館は9:00〜17:00(最終入館16:30)、休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)と12月28日〜12月31日。入館料は常設展が一般500円、20人以上の団体400円、高校生以下は無料。福山市・府中市・神石高原町にお住まいの65歳以上の方も無料。特別展は別途定める料金。開館時間・料金・休館日は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR福山駅北口から徒歩約5分。新幹線も停車し、ホームから城が見えるほどの近さ。車の場合は山陽自動車道・福山東ICから約20分。駐車場は福山城公園駐車場が29台(有料)。台数が少ないため、周辺のコインパーキングや福山駅周辺の駐車場もあわせて検討するとよい。本丸へは石段を上るが、距離は短い。
公式サイト
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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