TabiShiri
城 安芸高田市

郡山城

こおりやまじょう

この城について
中国地方の覇者・毛利元就の本拠。標高約402mの郡山全域に郭を配する戦国期最大級の山城。一代で安芸の小領主から中国地方の覇者に成り上がった元就の知略の本拠地。

歴史・由来

中国地方の覇者・毛利元就(もうりもとなり)の本拠。標高約402mの郡山全域に郭を配する、戦国期最大級の山城。 毛利氏は、安芸国(広島県西部)の小領主に過ぎなかったが、元就の代に飛躍的に拡大。「3本の矢」の故事で知られる元就は、知略・戦略の達人として、戦国の中国地方を統一した稀代の名将。 築城の起源は鎌倉期、毛利氏の祖・毛利季光(すえみつ)の子・経光(つねみつ)による。室町・戦国期を通じて毛利氏が本拠とし、特に元就が郡山全体を巨大な城郭として整備した。 天文9年(1540)、大内氏・尼子氏らの大軍3万を、元就の籠城戦で撃退(郡山合戦)。これが毛利氏の中国地方統一の出発点となった。 天正19年(1591)、孫の毛利輝元(てるもと)が広島城を築いて本拠を移し、郡山城は廃城となった。 近代以降、史跡として整備。広大な城域に郭跡・空堀・墓地などが残り、戦国山城の見学コースとして城マニアの聖地。

見どころ・特徴

JR芸備線「向原」駅からバス、または車で中国自動車道「高田IC」から約10分。広島県安芸高田市吉田町の中心部に位置する。 本丸まで徒歩約60分の登山。途中、「百万一心」の石碑、「毛利元就の墓」、各郭跡を巡りながら、戦国山城の縄張の妙を体感できる。 「毛利元就の墓」は、本丸近くに静かに佇む五輪塔。中国地方の覇者の最終的な安息の地として、毛利ファン・歴史愛好家の参拝が絶えない。 「百万一心」の石碑は、元就が郡山城拡張の際に「人柱の代わりに一人一字を書いて埋めた」とされる石碑(複製、原石は別保管)。「一日一力一心」=団結の精神を象徴する、戦国の英知の象徴。 「安芸高田市歴史民俗博物館」では、毛利元就・郡山合戦・毛利家の歴史を立体的に学べる。 参拝後は、近隣の「吉田歴史民俗資料館」、毛利元就ゆかりの寺院群と組み合わせて、毛利一族の歴史を堪能できる。
基本情報
住所
広島県安芸高田市吉田町吉田
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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