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武将戦国時代

山内一豊

やまうちかずとよ

1545 〜 1605

武将「山内一豊」(戦国時代)

別名・通称

一豊、山内対馬守、土佐藩初代藩主

戦国・安土桃山期の武将(1545-1605)。妻・千代の機転による「馬揃え」の逸話で有名な稀有な存在。関ヶ原で東軍に与し、戦後土佐24万石(=後の高知藩)を与えられた稀有な経歴。
生涯・逸話
戦国時代を代表する立身出世の武将、千代の馬揃えで有名。天文14年(1545)、尾張国岩倉(=愛知県)の武家・山内盛豊の三男として生まれる。 幼少期に父・母を失い、苦労を重ねた稀有な不遇の少年期。後に織田信長・豊臣秀吉に仕え、武功を上げた。 「妻・千代の馬揃え」=信長の馬揃え(=軍事パレード)で、一豊が高価な馬を買えず嘆いていたところ、妻・千代がへそくり10両を出して名馬を購入させ、それで信長に気に入られて出世のきっかけを掴んだ稀有な伝説。「内助の功」の代名詞。 慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いで東軍に与した稀有な決断。徳川家康に重用され、戦後、土佐24万石(=高知県)を与えられた稀有な大領主。 土佐藩初代藩主として、長宗我部元親以来の旧長宗我部家臣団と新参の山内家臣の対立を生み、後の「上士・下士」の身分制度の遠因となった稀有な経緯。 慶長10年(1605)、高知で61歳で病没。