この寺について
真言宗大覚寺派(しんごんしゅうだいかくじは)の寺院。四国八十八ヶ所霊場第13番札所。隣接する一宮神社(いちのみやじんじゃ)の別当寺(べっとうじ)として栄え、神仏習合(しんぶつしゅうごう)の歴史を今に伝える。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、隣に建つ一宮神社(いちのみやじんじゃ)との深いつながりにある。寺伝によれば、弘仁六年(こうにんろくねん、815年)に弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)がこの地の「大師が森」で護摩修行(ごましゅぎょう)をしていたところ、大日如来(だいにちにょらい)が現れて霊地であることを告げたため、一宇を建立したのが始まりと伝わる。
開創当初は船盡神社(ふなはてじんじゃ)の別当寺であったが、平安時代の末に一宮神社がこの地に創建されると、そちらの別当寺となったとされる。南北朝時代には一宮城主・一宮氏(いちのみやし)の篤い信仰を受けたが、天正年間(てんしょうねんかん、1573年から1592年)に長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)の兵火で焼失した。江戸時代初め、徳島藩三代藩主・蜂須賀光隆(はちすかみつたか)が神社とともに寺を再建したという。
明治初めの神仏分離(しんぶつぶんり)によって一宮神社と分けられ、それまで神社の本地仏(ほんじぶつ)であった十一面観音像(じゅういちめんかんのんぞう)が寺の本尊として移された。創建当初の本尊であった大日如来像は、現在は脇仏(わきぶつ)として祀られている。
学び・特徴
主祭神
十一面観世音菩薩
社格
四国八十八ヶ所第13番札所
創建
弘仁6年(815年)
ご利益
縁結び厄除け
テーマ
四国遍路
この場所を巡る軸
霊場・巡礼
基本情報
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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