武将戦国・江戸
真田信之
さなだのぶゆき
1566 〜 1658

別名・通称
信之、信幸、真田伊豆守
生涯・逸話
真田家の存続を確保した稀有な長兄。永禄9年(1566)、真田昌幸の長男として生まれる。幼名・源三郎。
天正10年(1582)、本能寺の変後の真田家の独立期から、家督相続予定者として家中を支えた。
徳川家康の重臣・本多忠勝の娘で、家康の養女・小松姫を妻に迎え、徳川家と固い絆を結んだ稀有な政略結婚。
慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで、父・昌幸と弟・幸村が西軍に与する中、独り東軍(=徳川方)に属した稀有な決断「犬伏の別れ」。
戦後、父・弟の助命を家康に嘆願して命を救い、真田家を上田藩9万5,000石として存続させた稀有な戦略。
寛永16年(1622)、信濃松代藩10万石に転封。万治元年(1658)、松代で93歳の長寿を全うした稀有な長生き。
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