TabiShiri
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武将戦国時代

織田信長

おだのぶなが

1534 〜 1582

武将「織田信長」(戦国時代)

狩野宗秀 (Kanō Sōshū, 1551 - 1601), Public domain, via Wikimedia Commons

別名・通称

信長、織田右大臣、第六天魔王、上総介信長、織田弾正忠

戦国時代の武将です(1534年〜1582年)。尾張国(今の愛知県西部)から勢力を広げ、桶狭間の戦いや長篠の戦いに勝って、天下統一を目前にしました。天正10年(1582年)、本能寺の変で家臣の明智光秀に攻められ、亡くなりました。
生涯・逸話
【生まれ】天文3年(1534年)、尾張国の織田信秀の嫡男として生まれました。 【桶狭間の戦い】永禄3年(1560年)、大軍で攻めてきた今川義元を桶狭間で討ち取り、一気に名前を知られるようになりました。兵の数は諸説ありますが、信長の軍は今川軍よりずっと少なかったとされています。 出陣の前に、清洲城で幸若舞(こうわかまい)の「敦盛(あつもり)」を舞ったと『信長公記(しんちょうこうき)』に書かれています。「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり」という一節がよく知られています。 【岐阜と天下布武】稲葉山城を手に入れて、その地を「岐阜」と名付けました。また、「天下布武(てんかふぶ)」の印を使うようになりました。 【上洛と室町幕府の終わり】永禄11年(1568年)、足利義昭を立てて京都に上りました。天正元年(1573年)には義昭を京都から追い出し、室町幕府は終わりをむかえました。 【長篠の戦いと安土城】天正3年(1575年)の長篠の戦いでは、鉄砲を多く使って武田勝頼の軍を破りました。その後、近江に安土城を築き、天下統一の拠点としました。 【本能寺の変】天正10年(1582年)6月2日、京都の本能寺に泊まっていたところを、家臣の明智光秀に攻められ、49歳で自害しました。 【まつられている場所】京都の建勲神社(けんくんじんじゃ)にまつられています。京都・大徳寺の塔頭の総見院は、豊臣秀吉が信長の菩提をとむらうために建てたお寺です。