TabiShiri
丹羽長秀へ戻る
武将戦国時代

直江兼続

なおえかねつぐ

1560 〜 1620

武将「直江兼続」(戦国時代)

別名・通称

兼続、直江山城守、愛の兜、上杉の智将

戦国・江戸初期の武将(1560-1620)。上杉景勝の家老として米沢藩30万石を支えた稀有な智将。兜の「愛」の前立てで有名。関ヶ原の戦いの前、徳川家康に挑戦状「直江状」を送りつけた稀有な逸話。
生涯・逸話
上杉景勝(=上杉謙信)を支えた家老、戦国・江戸初期の智将。永禄3年(1560)、越後国魚沼郡(=新潟県)の樋口兼豊の長男として生まれる。 5歳で上杉謙信の養子・景勝の小姓となり、後に直江家を継いで「直江兼続」を名乗った。 慶長5年(1600)、徳川家康の上杉討伐の動きに対し、家康に挑戦状「直江状」を送りつけた稀有な気骨。これが結果的に石田三成挙兵→関ヶ原の戦いの引き金となった稀有な戦国史の節目。 関ヶ原後、上杉家は会津120万石から米沢30万石に減封されるも、兼続は家老として藩の財政再建・新田開発・産業振興を主導、上杉家の存続を支えた稀有な経世家。 兜の前立てに「愛(=愛染明王の頭文字とも、愛宕権現とも)」を掲げた独特の意匠で全国的に有名。 元和5年(1619)、米沢城下で60歳で没。