TabiShiri
武将戦国時代

丹羽長秀

にわながひで

1535 〜 1585

武将「丹羽長秀」(戦国時代)

別名・通称

長秀、五郎左衛門、米五郎左、織田四天王

戦国時代の武将(1535-1585)。織田信長の重臣で「織田四天王」(=柴田勝家・羽柴秀吉・明智光秀・丹羽長秀)の一人。安土城築城の総奉行を務めた稀有な存在。「米五郎左(=米のように白くて使い勝手の良い男)」の異名。本能寺の変後、秀吉に従い越前・加賀を加増された。
生涯・逸話
信長「四天王」の一人、安土城築城の総奉行。天文4年(1535)、尾張国春日井郡(=愛知県小牧市)の織田家臣・丹羽長政の次男として生まれる。 幼くして織田信長に仕え、19歳で最初の戦に出陣。信長から「五郎左衛門」と呼ばれて重用された稀有な経歴。 「米五郎左(こめごろうざ)」=米のように白くて使い勝手の良い、何にでも対応できる便利な男、の意の異名で、信長家臣団の中で最も使い勝手の良い武将と評された稀有な存在。 天正4年(1576)から始まる安土城(=滋賀県近江八幡市)築城の総奉行を務めた稀有な大任。 本能寺の変(1582)後、柴田勝家・羽柴秀吉らとの清洲会議に参加。秀吉に従い、越前一国・加賀の半国(=計123万石)を加増された稀有な大領主。 しかし天正13年(1585)、越前で51歳で病没。「胃ガン」とされる稀有な早世。