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武将幕末

中岡慎太郎

なかおかしんたろう

1838 〜 1867

武将「中岡慎太郎」(幕末)

別名・通称

慎太郎

幕末の志士です(1838年〜1867年)。土佐国の大庄屋の家に生まれ、坂本龍馬とともに薩長同盟がむすばれるように力をつくしました。慶応3年(1867年)、京都の近江屋で龍馬とともに襲われ、亡くなりました。
生涯・逸話
【生まれ】天保9年(1838年)4月13日、土佐国の北川郷(今の高知県安芸郡北川村)の大庄屋、中岡小傳次(こでんじ)の長男として生まれました。母はウシです。 【土佐勤王党】武市半平太(瑞山)の道場で剣術を学び、文久元年(1861年)に武市が土佐勤王党をつくると、すぐに加わりました。 【長州へ】文久3年(1863年)の八月十八日の政変のあと、土佐藩をぬけ(脱藩)、都を追われた三条実美(さんじょう さねとみ)のそばに仕えて、長州で活動しました。 【薩長同盟】坂本龍馬とともに、薩摩藩と長州藩が手を結ぶ薩長同盟が成り立つよう力をつくしました。のちに陸援隊(りくえんたい)を組織して、その隊長となりました。 【最期】慶応3年(1867年)、京都の近江屋で、坂本龍馬とともに襲われました。11月17日に亡くなり、30歳でした。京都の霊山護国神社の霊山墓地に、龍馬と並んで眠っています。 【ふるさと】高知県北川村柏木には、昭和42年(1967年)に復元された生家があり、となりに「中岡慎太郎館」が建っています。