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武将戦国時代

前田利家

まえだとしいえ

1539 〜 1599

武将「前田利家」(戦国時代)

別名・通称

利家、前田又左衛門、槍の又左、加賀百万石の祖

戦国・安土桃山期の武将(1539-1599)。織田信長の小姓から重臣に。「槍の又左」と称された勇将。豊臣秀吉の五大老の一人。加賀100万石の前田家の祖、加賀藩(=金沢藩)の藩祖。
生涯・逸話
加賀100万石・前田家の祖。天文7年(1539)、尾張国(=愛知県)の前田利春の四男として生まれる。 15歳で織田信長の小姓となり、後に信長の重臣として頭角を現した稀有な経歴。 「槍の又左(やりのまたざ)」=長身(=約180cm)で長槍の達人として恐れられた稀有な勇将。 本能寺の変(1582)後、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家方として出陣するも戦線離脱、結果的に豊臣秀吉の勝利に貢献した稀有な決断。 その後秀吉に従い、能登・加賀・越中の3か国(=後の加賀藩100万石)を支配する稀有な大領主。 豊臣秀吉の五大老(=徳川家康・前田利家・毛利輝元・上杉景勝・宇喜多秀家)の一人として、秀吉死後の政治を委ねられた稀有な大任。 慶長4年(1599)、大坂で61歳で病没。利家の死で、徳川家康の専横が始まり、関ヶ原の戦いへと向かう稀有な歴史的転換点。