この寺について
弘明寺(ぐみょうじ)は、神奈川県横浜市南区にある高野山真言宗の寺院で、横浜市内最古の寺院と伝わります。養老5年(721年)にインドの僧・善無畏(ぜんむい)三蔵がこの地に結界を張り、16年後の天平9年(737年)に行基(ぎょうき)が十一面観世音菩薩像を彫って安置したのが始まりと伝わります。本尊の木造十一面観世音菩薩立像は「弘明寺観音」として親しまれ、国の重要文化財に指定されています。坂東三十三観音第14番、武相不動尊二十八所第18番の札所でもあります。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、一つの創建譚ではなく、何段階も積み重なった伝承の上に、実際の寺観が少しずつ整えられてきたという点にある。
寺伝によれば、養老5年(721年)、インドから渡来した僧・善無畏(ぜんむい)三蔵がこの地を訪れ、結界を張って浄域と定めたのが始まりとされる。ただし、日本の歴史書に善無畏が来日したという記録は見当たらず、この部分は伝説の域を出ないとする指摘もある。その16年後の天平9年(737年)、聖武天皇の命により諸国を巡っていた行基が、この地で十一面観世音菩薩像を彫刻して安置し、伽藍を整えたと伝わる。これが実質的な開基とされている。さらに弘仁5年(814年)には弘法大師(空海)が巡錫(じゅんしゃく)の折に護摩を焚いて祈願したとも伝えられ、弘仁9年(818年)には境内に聖天堂が建てられたという。
寛徳元年(1044年)、光慧上人(こうえしょうにん)によって瓦葺きの本堂が建立された。これをもって実際の開山とする見方もある。
平安時代末期の治承5年(1181年)には、源頼朝がこの寺を「源家累代の祈願所」と定めたと『吾妻鏡(あづまかがみ)』に記されている。江戸時代の慶安2年(1649年)には、徳川幕府から寺領5石の御朱印状を賜り、その保護を受けた。現在の本堂は、明和3年(1766年)に智光上人(ちこうしょうにん)によって再建されたものである。
中世以降、横浜南部の信仰の中心として武家・庶民の篤い信仰を集め、明治の神仏分離・廃仏毀釈という困難も乗り越えて法灯を守り続けてきた。近代には門前に弘明寺商店街が形成され、今も参拝者や地域の人々でにぎわっている。
見どころ・特徴
【本尊・木造十一面観世音菩薩立像】「弘明寺観音」として親しまれる秘仏で、平安時代の作と伝わり、国の重要文化財に指定されています(昭和25年・1950年指定)。
【仁王門・仁王像】仁王門は江戸時代に再建されたもので、平成14年(2002年)に改修工事が行われました。安置されている一対の仁王像は13世紀後半、運慶(うんけい)の作風を受け継いだ鎌倉時代の仏師によるものと伝わり、神奈川県内に現存する最古級の中世彫刻として、横浜市指定有形文化財(平成10年・1998年指定)となっています。
【梵鐘】横浜市指定有形文化財(平成9年・1997年指定)です。
【大悲殿の扁額】幕末から明治の剣客・政治家として知られる山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)による書と伝わります。
【弘明寺商店街】当寺の門前町として発展した商店街で、横浜の下町らしい雰囲気を今に伝えています。参拝とあわせて歩いてみるのもおすすめです。
【桜】4月には境内の桜が見ごろを迎え、季節の参拝の楽しみになっています。
年中行事・お祭り
【護摩供(ごまく)】毎月8日・18日・28日に行われます。
【青葉まつり】春に行われる行事として知られています。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
十一面観世音菩薩
社格
高野山真言宗・坂東三十三観音第14番・武相不動尊二十八所第18番
創建
養老5年(721年)に善無畏三蔵が結界を張り、天平9年(737年)に行基が観音像を安置して伽藍を整えたと伝わる
ご利益
健康・病気平癒厄除け
テーマ
パワースポット
この場所を巡る軸
基本情報
住所
神奈川県横浜市南区弘明寺町267
参拝時間
参拝は8時から17時までで、境内は自由に拝観できます。御朱印の受付は9時から16時までです。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
京急本線「弘明寺」駅から徒歩約2分、横浜市営地下鉄「弘明寺」駅から徒歩約5分です。バスの場合は「弘明寺」バス停から徒歩約5分です。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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