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武将戦国時代

小西行長

こにしゆきなが

1555 〜 1600

武将「小西行長」(戦国時代)

別名・通称

行長、アゴスチノ、キリシタン大名、関ヶ原西軍

戦国・安土桃山期の武将(1555-1600)。堺の薬種商の子から豊臣秀吉に仕えて頭角を現した稀有な経歴。肥後国・宇土24万石の大名。キリシタン大名(=洗礼名アゴスチノ)。関ヶ原で西軍に与し、戦後京都・六条河原で石田三成・安国寺恵瓊と共に処刑された稀有な悲劇。
生涯・逸話
戦国時代のキリシタン大名、関ヶ原西軍の主力。天文24年(1555)、堺(=大阪)の薬種商・小西隆佐の次男として生まれる。 商家出身ながら豊臣秀吉に仕官、舟奉行として瀬戸内海の水運を仕切る稀有な経歴。 天正16年(1588)、肥後国(=熊本県)宇土24万石の大名に取り立てられた稀有な大領主。加藤清正と肥後を二分した稀有な統治。 キリスト教に深く帰依し、洗礼名「アゴスチノ」を授かった稀有なキリシタン大名。 文禄・慶長の役(=朝鮮出兵)で先鋒として活躍するも、加藤清正との対立は深まった稀有な確執。 慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いで西軍主力として奮戦するも敗北。10月1日、京都・六条河原で石田三成・安国寺恵瓊と共に処刑された稀有な悲劇、享年46。 キリシタンとして自害を禁じられていたため、敵に首を取らせる稀有な殉教の姿勢を取った。