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武将鎌倉時代

北条義時

ほうじょうよしとき

1163 〜 1224

武将「北条義時」(鎌倉時代)

別名・通称

義時、北条相模守、小四郎、鎌倉幕府2代執権

鎌倉幕府の2代執権(1163-1224)。北条政子の弟。源頼朝の死後、姉政子と共に幕府の実権を握り、承久の乱で後鳥羽院を破って武家政権を盤石にした稀有な戦略家。
生涯・逸話
鎌倉幕府を盤石にした北条得宗家の祖。長寛元年(1163)、伊豆の豪族・北条時政の次男として生まれる。姉は北条政子、源頼朝の正室。 姉の縁で頼朝に仕え、源平合戦で活躍。頼朝の死後、姉・政子と共に幕府の実権を掌握した稀有な戦略家。 建保7年(1219)、3代将軍・源実朝が暗殺されると、皇族から将軍を迎える「摂家将軍」の制度を作って幕府を維持。 承久3年(1221)、後鳥羽院の倒幕計画(=承久の乱)に対し、姉・政子の名演説と自身の軍略で京都を制圧、後鳥羽院を隠岐に流して武家政権を絶対化した稀有な勝者。 元仁元年(1224)、62歳で没。