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学者・文化人江戸時代

平賀源内

ひらがげんない

1728 〜 1780

学者・文化人「平賀源内」(江戸時代)

別名・通称

源内、平賀國倫、風来山人、土用の丑の日の発案者

江戸中期の発明家・本草学者・戯作者(1728-1780)。讃岐国(=香川県)出身。エレキテル(=静電気発生装置)の修理・寒暖計の制作・物産会(=日本初の博覧会)の開催など、博学多才な稀有な存在。「土用の丑の日に鰻を食べる」キャッチコピーの発案者ともされる。
生涯・逸話
江戸中期を代表する博学多才の天才。享保13年(1728)、讃岐国寒川郡志度浦(=香川県さぬき市)の高松藩士・白石茂左衛門の三男として生まれる。 幼少期から本草学(=博物学)・蘭学・国学を学び、長崎で蘭学を修得。江戸で田村元雄・林家らに師事した稀有な学者経歴。 宝暦7年(1757)、江戸で日本初の物産会(=博覧会)を開催、各地から珍しい動植物・鉱物を集めて展示した稀有な大事業。 明和2年(1765)、長崎で破損していた「エレキテル」(=静電気発生装置)を入手、安永5年(1776)に修復成功した稀有な大発明。江戸の人々に静電気の見世物として披露し、評判を呼んだ。 戯作者としても活躍、『風流志道軒伝』『根南志具佐』など、滑稽・諷刺の名作を残した稀有な多才。 「土用の丑の日に鰻を食べる」キャッチコピーの発案者ともされる稀有な「日本初のコピーライター」。 しかし安永8年(1779)、誤って弟子を斬り殺し投獄、安永9年(1780)、獄中で破傷風で53歳で没した稀有な悲劇。