TabiShiri
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天皇平安時代

後白河院

ごしらかわいん

1127 〜 1192

天皇「後白河院」(平安時代)

別名・通称

後白河、後白河天皇、後白河法皇、雅仁親王、大天狗

第77代天皇・後の法皇(1127-1192)。在位3年で譲位後、約30年間院政を主導した稀有な存在。保元・平治の乱・源平合戦の主役、平清盛・源頼朝にも翻弄されつつ最後まで生き残った稀有な政治的怪物。源頼朝に「日本一の大天狗」と評された。
生涯・逸話
平安末期の最大の政治家。大治2年(1127)、第74代鳥羽天皇の第4皇子として生まれる。本名・雅仁親王。 久寿2年(1155)、保元の乱の前年に即位。保元元年(1156)の保元の乱で兄・崇徳上皇方を破り、平治元年(1159)の平治の乱で源義朝を破った稀有な勝者。 保元3年(1158)、わずか3年で譲位後、約30年間に渡り、後白河天皇→上皇→法皇と立場を変えながら院政を主導した稀有な政治家。 平清盛とは協力と対立を繰り返し、清盛の専横で一時幽閉されるも、清盛の死後に院政を再開。源頼朝とも対立・協調を繰り返し、最終的に源氏方と組んで平家を滅ぼした稀有な「最後まで生き残った男」。 頼朝から「日本一の大天狗(=天狗のように人を欺く者)」と評された稀有な政治的怪物。今様(=平安期の流行歌)を編纂した『梁塵秘抄』の作者でもある稀有な文化人。 建久3年(1192)、66歳で崩御。