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神社 御朱印 朝来市

粟鹿神社

あわがじんじゃ

この神社について
兵庫県朝来市の山あいに鎮座する古社で、延喜式に「名神大」として記された式内社。但馬国一宮とされ(出石神社と並んで一宮を名乗る説もある)、五穀豊穣や家内安全のご利益で知られる。粟鹿山を背にした境内には、樹齢約800年と伝わる御神木の大杉が立つ。

歴史・由来

粟鹿神社を理解する鍵は、この社が但馬でもっとも古い神社のひとつに数えられている、という点にある。 創建の年代ははっきりしないが、和銅元年(708)に祭神や歴代の祭主をまとめたと伝わる由緒書「粟鹿大明神元記(あわがだいみょうじんげんき)」の写本が今に伝わっており、この頃にはすでに社としての体裁が整っていたことがうかがえる。天平9年(737)の「但馬国正税帳(たじまのくにしょうぜいちょう、正倉院に伝わる古文書)」にも、当社にまつわる記載が見える。名前の由来には、粟鹿山から粟の穂をくわえた鹿が現れ、人々に農業を教えたという伝説が残る。 平安時代に入ると、承和12年(845)に神階(しんかい、神に朝廷から贈られる位)が従五位下となり、貞観10年(868)に正五位下、貞観16年(874)には正五位上へと昇っていった。延喜式神名帳には「名神大社」として記され、但馬国一宮としての格式を持つ社として知られるようになる。 戦国から江戸時代への変わり目には、豊臣秀吉によって社領を没収されるという苦難があったが、慶長元年(1596)に33石余りの社領が改めて認められ、社は立て直された。明治になると明治5年に郷社、明治12年には県社へと格が上がっている。

見どころ・特徴

【勅使門(ちょくしもん)】約600年前に建てられたと伝わる門で、朝来市指定有形文化財。神功皇后(じんぐうこうごう)が新羅(しらぎ)から凱旋した際に当社へ参拝したという伝承にちなむとされる。 【木造狛犬・木造随身倚像】いずれも朝来市指定有形文化財。木で彫られた狛犬や、社を守る随身(ずいじん)の像が伝わっている。 【社叢林(しゃそうりん)】杉や檜(ひのき)の茂る境内林で、朝来市指定天然記念物。樹齢約800年と伝わる御神木の大杉もそびえる。 【本殿裏の古墳状の小丘】本殿の裏手には、祭神の一柱である日子坐王(ひこいますのみこ)の墓と伝わる小さな丘がある。
年中行事・お祭り
【例祭・瓶子渡し(へいしわたし)】例年10月17日。神饌(しんせん、神への供え物)を本殿に納める際、狂言のような独特の所作を伴う「瓶子渡し」という珍しい神事が執り行われる。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトまたは神社へご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
天美佐利命(あめのみさりのみこと)日子坐王命(ひこいますのみこのみこと)日子穂々手見命(ひこほほでみのみこと)
社格
延喜式に「名神大社」として記された式内社で、但馬国一宮とされる。ただし、同じく但馬国一宮を称える神社が他にもあり、どちらが一宮かは資料によって説が分かれる。明治5年に郷社、明治12年に県社となった。
創建
創建年代は不詳。和銅元年(708)の由緒書「粟鹿大明神元記」の写本や、天平9年(737)の「但馬国正税帳」にすでに古社として記録が見られる、但馬でもっとも古い社のひとつと伝わる。
ご利益
家内安全五穀豊穣
テーマ
歴史
基本情報
住所
兵庫県朝来市山東町粟鹿2152
参拝時間
境内は終日参拝できる。社務所の対応時間は9時から16時までだが、不在の時間帯もある。御祈祷や御朱印を希望する場合は、事前に連絡しておくと確実である。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
電車の場合、JR山陰本線「梁瀬」駅から徒歩ではおよそ1時間かかるため、タクシーの利用が現実的(車で約10分)。JR「和田山」駅からは全但バスに乗り、「粟鹿神社前」バス停で降りるとすぐの立地である。 車の場合、北近畿豊岡自動車道「山東」インターチェンジから約5分から10分。無料駐車場(約45台)が用意されている。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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