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武将戦国時代

蒲生氏郷

がもううじさと

1556 〜 1595

武将「蒲生氏郷」(戦国時代)

別名・通称

氏郷、蒲生忠三郎、蒲生少将、レオン

戦国時代から安土桃山時代の武将(1556-1595)。近江日野の蒲生賢秀の子で、織田信長の娘・冬姫を妻とした。信長の死後は豊臣秀吉に仕え、会津を与えられて黒川を若松と改め、七層の天守を持つ鶴ヶ城と城下町を整えた。キリシタンで、茶の湯にも通じた。
生涯・逸話
蒲生氏郷は、弘治2年(1556)、近江国日野城主・蒲生賢秀の嫡男として生まれた。 永禄12年(1569)頃、人質として織田信長のいる岐阜へ送られた。信長は氏郷の器量を認めて人質の身分から解き、自らの娘・冬姫を嫁がせた。 本能寺の変で信長が倒れたのちは豊臣秀吉に仕え、各地の戦いで功を立てた。天正13年(1585)にはキリスト教の洗礼を受け、レオンの名を得たとされる。 天正18年(1590)、秀吉が奥羽を平定すると、氏郷は会津に大きな領地を与えられた。氏郷は戦で荒れた城と城下の立て直しに取りかかり、黒川と呼ばれていた町の名を若松と改めた。文禄2年(1593)には七層の天守を持つ城を完成させ、鶴ヶ城と名づけた。城下では武家町と町人町を分けて町割りを行い、播磨から瓦師を招き、定期的に市を開いて商いを盛んにした。 茶の湯にも深く通じ、千利休が亡くなったのちには、利休の次男・少庵を会津に引き取って保護した。 文禄4年(1595)、京都で40歳で病のため亡くなった。