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学者・文化人戦国時代

古田織部

ふるたおりべ

1543 〜 1615

学者・文化人「古田織部」(戦国時代)

別名・通称

織部、古田重然、織部正、織部焼の創始者

安土桃山・江戸初期の茶人・大名(1543-1615)。千利休七哲の一人。利休の侘び茶を継承しつつ、独自の「歪み(ゆがみ)」「奇抜」を尊ぶ茶風「織部好み」を確立した稀有な存在。「織部焼」の創始者。大坂夏の陣の後、家康に切腹を命じられた稀有な悲劇。
生涯・逸話
安土桃山時代を代表する茶人・大名。天文12年(1543)、美濃国(=岐阜県)の武家・古田重安の子として生まれる。本名・古田重然(ふるたしげなり)。 織田信長・豊臣秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦い・小田原征伐などで武功を上げた稀有な武将。 千利休に師事して茶の湯を学び、「利休七哲」の一人となった稀有な茶人。 利休の侘び茶を継承しつつ、独自の「歪み(ゆがみ)」「奇抜」を尊ぶ茶風「織部好み」を確立した稀有な存在。「織部焼(=美濃焼の一種で歪んだ造形・緑釉が特徴)」の創始者でもある。 慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いで東軍に与し、徳川秀忠の茶道指南役に。 しかし慶長20年(1615)、大坂夏の陣の後、豊臣方への内通の疑いをかけられ、家康に切腹を命じられた稀有な悲劇、享年73。理由は最後まで弁明せずに自害した稀有な気骨。