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公家平安時代

藤原道長

ふじわらのみちなが

966 〜 1028

公家「藤原道長」(平安時代)

不明Unknown author, Public domain, via Wikimedia Commons

別名・通称

道長、御堂関白、藤原道長公、法成寺殿

平安中期の最高権力者(966-1028)。摂関政治の頂点を築いた稀有な政治家。「この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」の歌で知られる。三女・彰子が紫式部を女房として召し抱え、『源氏物語』が生まれる稀有な文化的影響を残した。
生涯・逸話
平安貴族政治の頂点を築いた稀有な権力者。康保3年(966)、藤原兼家の五男として生まれる。 兄たちの早世で藤原氏の氏長者となり、4人の娘を次々と天皇の后(=后妃)に立てた稀有な政略婚。長女・彰子は一条天皇の中宮、二女・妍子は三条天皇の中宮、三女・威子は後一条天皇の中宮、四女・嬉子は東宮敦良親王(=後の後朱雀天皇)の女御。「一家立三后」の前代未聞の権勢。 寛仁2年(1018)、三女・威子の立后の祝宴で「この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」と詠んだ稀有な絶頂の歌。 長女・彰子に紫式部を女房として召し抱え、『源氏物語』『紫式部日記』の創作環境を提供した稀有な文化的パトロン。 寛仁3年(1019)、出家して「行観(後に行覚)」と号し、法成寺(=現存しない)を建立。万寿4年(1028)、63歳で病没。御堂関白記(=自筆日記、国宝)が当時の宮廷を伝える稀有な史料。