武将戦国時代
朝倉宗滴
あさくらそうてき
1477 〜 1555

別名・通称
宗滴、朝倉教景、朝倉宗滴話記の主
生涯・逸話
戦国時代の「越前の長老」、朝倉家の重鎮。文明9年(1477)、朝倉孝景(=朝倉氏7代)の八男として越前国(=福井県)に生まれる。本名・朝倉教景、後に出家して宗滴。
朝倉氏8代孝景・9代貞景・10代孝景・11代義景の4代に仕えた稀有な長老。
実戦・行政の両面で活躍、朝倉氏の越前一国支配を盤石にした稀有な大功臣。
武田信玄・上杉謙信らも一目置いた稀有な「戦国の長老」、当時の名将達から尊敬された。
『朝倉宗滴話記(あさくらそうてきわき)』=宗滴が晩年に弟子に口述した稀有な家訓・軍記。「武者は犬と云われようと畜生と云われようと、勝つ事が本にて候(=武士は犬畜生と言われても勝つことが本分だ)」など、戦国時代の家中経営の理想を説いた稀有な傑作。後世の家訓・武家経営論に巨大な影響を残した。
弘治元年(1555)、加賀一向一揆討伐の陣中で79歳で病没。