武将戦国時代
山県昌景
やまがたまさかげ
1529 〜 1575

別名・通称
昌景、源四郎、武田四名臣、赤備え
生涯・逸話
山県昌景(やまがたまさかげ)は、戦国時代の武将で、武田信玄と勝頼に仕えた重臣です。装備を赤で統一した部隊「赤備え(あかぞなえ)」で知られ、武田四天王の一人に数えられます。
【生い立ち】
もとは武田家の譜代の家老だった飯富(おぶ)氏の出身で、初めの名は源四郎といいました。兄の飯富虎昌が、武田義信の謀反に連座して処刑されたため、昌景は飯富から山県に姓を改めたとされます。生年は、1529年とされることがありますが、1524年とする資料もあり、はっきりしません。
【武将として】
信玄の家臣として、各地の戦いで活躍しました。信玄が徳川家康と戦った三方ヶ原の戦いにも加わっています。のちに駿河の江尻城代を務めました。
昌景が率いた部隊は、甲冑や旗などの装備を赤で統一していたことから、「山県の赤備え」と呼ばれました。のちに徳川家の井伊直政が、武田の旧臣を取り込んで赤備えを受け継いだことで知られます。
【長篠の戦い】
信玄の死後は、勝頼に仕えました。天正3年(1575)5月21日、長篠の戦いに加わり、徳川軍と激しく戦って戦死しました。
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