武将幕末・明治
徳川慶喜
とくがわよしのぶ
1837 〜 1913

別名・通称
慶喜、徳川一橋慶喜、江戸幕府最後の将軍、大政奉還
生涯・逸話
江戸幕府最後の将軍、大政奉還の英断者。天保8年(1837)、水戸藩主・徳川斉昭の七男として江戸・水戸藩邸で生まれる。
幼少から英才の誉れ高く、後に一橋家(=徳川御三卿の一つ)の養子となった稀有な経歴。
文久2年(1862)、将軍後見職に就任。慶応2年(1866)、第14代将軍・徳川家茂の死で、第15代将軍に就任した稀有な大任。
慶応3年(1867)10月14日、坂本龍馬・後藤象二郎らの「船中八策」を受け入れ、土佐藩主・山内容堂の建白に応じて「大政奉還」を実行した稀有な英断。これにより約260年の江戸幕府が終焉した稀有な歴史的転換点。
慶応4年(1868)、鳥羽伏見の戦いで敗北後、上野・寛永寺に蟄居して恭順した稀有な決断。江戸無血開城(=西郷隆盛)を可能にした稀有な平和的解決。
明治期は静岡(=駿府)で隠居生活、後に東京に移って公爵・貴族院議員を歴任。大正2年(1913)、東京で77歳で病没。徳川15代将軍の中で最長寿。