武将平安時代
平将門
たいらのまさかど
903 〜 940

別名・通称
将門、新皇、平将門公、神田明神の祭神
生涯・逸話
平安中期の関東の反乱者、後世「日本三大怨霊」の一。延喜3年(903)頃、桓武天皇の血を引く平氏一族・平良将の子として下総国(=千葉県北部)に生まれる。
若くして上京、藤原忠平に仕えるも、所領を巡る一族の争いから関東に戻り、伯父・平国香らとの内紛に発展した。
承平5年(935)以降、関東一帯を制圧する「平将門の乱」。天慶2年(939)、常陸国府を攻略し、自ら「新皇(しんのう)」を名乗って関東に独立国家を樹立した稀有な反乱。
天慶3年(940)、藤原秀郷・平貞盛らの追討軍に敗れ、流れ矢で討死、享年38。首は京都・東市で晒された。
しかし「将門の首が腐らず宙を飛んだ」「京都に天変地異が続いた」など多くの怪異が起こり、後世「日本三大怨霊」(=菅原道真・崇徳上皇・将門)の一として畏怖された稀有な存在。「将門の首塚」(=東京都千代田区大手町)・神田明神などに祀られた。
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