武将戦国時代
立花宗茂
たちばなむねしげ
1567 〜 1643

別名・通称
宗茂、立花飛騨守、立花左近将監、西国無双の勇将
生涯・逸話
戦国・江戸初期を代表する勇将。永禄10年(1567)、豊後国(=大分県)の大友氏家臣・高橋紹運の長男として生まれる。
天正9年(1581)、立花道雪(=大友家最強の老将)の娘・誾千代(ぎんちよ、=女武将)と結婚して立花家を継承した稀有な経歴。
豊臣秀吉の九州征伐で大友家滅亡寸前を救った活躍で、筑後・柳川13万2,000石の大名に取り立てられた。
朝鮮出兵で「西国無双の勇将」と称される稀有な活躍。
慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いで西軍に与し、戦後改易されて浪人となる。
しかし徳川家康・秀忠に再評価され、元和6年(1620)、奇跡的に旧領・柳川10万9,200石に復帰した稀有な「改易された大名が旧領を回復した唯一の例」。
寛永19年(1643)、江戸で77歳で病没。