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公家平安時代

小野篁

おののたかむら

802 〜 853

公家「小野篁」(平安時代)

別名・通称

篁、野相公、野宰相、夜の閻魔大王の補佐官

平安初期の貴族・歌人・学者(802-853)。漢詩・和歌に優れ、参議まで昇った。「昼は朝廷、夜は閻魔大王の補佐」という稀有な伝説の主人公。京都・六道珍皇寺の「冥途通いの井戸」が有名。
生涯・逸話
平安初期の文人貴族、伝説の人物。延暦21年(802)、小野岑守の子として生まれる。 漢学・詩文・和歌に優れた当代屈指の文人。承和3年(836)、遣唐副使に任じられるが、船の状態を巡って大使と争い乗船を拒否、その罪で隠岐に流された稀有な反骨の人。 承和7年(840)に赦免、参議まで昇進。「百人一首」にも「わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣り船」の歌が選ばれた稀有な歌人。 最も有名なのは「昼は朝廷、夜は閻魔大王の補佐官として地獄で死者の裁きを助けた」とされる稀有な伝説。京都・六道珍皇寺の「冥途通いの井戸」は篁が地獄へ通う井戸とされる。 仁寿2年(853)、52歳で没。
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