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学者・文化人幕末

緒方洪庵

おがたこうあん

1810 〜 1863

学者・文化人「緒方洪庵」(幕末)

別名・通称

洪庵、適塾、大阪医学校、福沢諭吉の師

幕末の蘭方医・教育者(1810-1863)。備中国(=岡山県)出身、長崎・大坂でオランダ医学を学んだ稀有な蘭学者。天保9年(1838)、大坂に「適々斎塾(=適塾)」を開き、福沢諭吉・大村益次郎・大鳥圭介・橋本左内ら明治維新の主役を多数育てた稀有な教育者。
生涯・逸話
幕末を代表する蘭学者・教育者、明治維新の精神的父の一人。文化7年(1810)、備中国足守(=岡山県岡山市北区)の藩士・佐伯惟因の三男として生まれる。本名・佐伯章、後に緒方洪庵。 16歳で大坂・中天游に師事して蘭学を学び、後に江戸・坪井信道、長崎で本格的に蘭学・医学を修得した稀有な学者。 天保9年(1838)、大坂・瓦町(=現・大阪市中央区)に「適々斎塾(てきてきさいじゅく、通称・適塾)」を開いた稀有な大事業。 適塾からは福沢諭吉・大村益次郎・大鳥圭介・橋本左内・長与専斎(=後の衛生局長)・佐野常民(=日本赤十字社創立)など、明治維新の主役・近代日本の指導者を多数輩出した稀有な「明治日本の精神的父」。 文久3年(1863)、幕府医学所の頭取(=校長)に就任、わずか1年で54歳で病没した稀有な悲劇。