武将戦国時代
仁科盛信
にしなもりのぶ
1557 〜 1582

別名・通称
盛信、仁科五郎、武田信玄の五男、高遠城主
生涯・逸話
武田家滅亡の最後の英雄、高遠城の悲劇。弘治3年(1557)、武田信玄の五男として甲斐国に生まれる。本名・武田晴清、後に信濃国・仁科氏の名跡を継いで仁科盛信。
兄・勝頼が家督相続後、信濃国・高遠城の城代として武田家の対織田の最前線を守った稀有な大任。
天正10年(1582)2月、織田信忠(=信長)率いる3万の大軍が高遠城に襲来。盛信はわずか3,000の兵で死を覚悟して籠城した稀有な勇気。
3月2日、織田軍の総攻撃を受け、盛信は最後まで奮戦して26歳で討死した稀有な悲劇。「武田家滅亡の最後の英雄」「武田家中で唯一信玄の名に恥じぬ戦いをした」と後世に語り継がれる稀有な存在。
兄・勝頼は3月11日、天目山で自害し武田家は滅亡した。盛信の壮絶な戦いは、武田家最後の意地を見せた稀有な「武田の華」となった。
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