TabiShiri
観音寺へ戻る
僧侶鎌倉時代

明恵上人

みょうえしょうにん

1173 〜 1232

僧侶「明恵上人」(鎌倉時代)

別名・通称

明恵、高弁、華厳宗中興の祖、栂尾の上人

鎌倉時代の華厳宗の僧(1173-1232)。京都・栂尾(とがのお)の高山寺を再興、華厳宗を中興した稀有な高僧。「夢日記」(40年間の夢を記録)で世界的に有名な稀有な記録者。鳥獣戯画(=高山寺所蔵)とも関連が深い。
生涯・逸話
鎌倉時代を代表する華厳宗の高僧。承安3年(1173)、紀伊国(=和歌山県)の武家・平重国の子として生まれる。 8歳で両親と死別、京都・神護寺に入り出家。17歳で東大寺で受戒、後に華厳宗を学んだ。 建永元年(1206)、後鳥羽院から京都・栂尾(=右京区高雄)の地を賜り、高山寺(=「日本最古の茶園」「鳥獣戯画」で世界遺産)を再興した稀有な事業。 「華厳宗中興の祖」として、戒律の厳守と座禅を重視した稀有な禅僧。 最大の特徴は『夢記(ゆめのき)』=40年間にわたって毎晩の夢を記録した世界文学史上稀有な「夢日記」。 寛喜4年(1232)、高山寺で60歳で入寂。