TabiShiri
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武将戦国時代

毛利元就

もうりもとなり

1497 〜 1571

武将「毛利元就」(戦国時代)

別名・通称

元就、毛利右馬頭、毛利陸奥守、三本の矢の祖

戦国時代の中国地方の覇者(1497-1571)。安芸国の小領主から、謀略と戦略で中国地方10か国を制覇した稀有な智将。「三本の矢(=三子教訓状)」の逸話で有名。
生涯・逸話
中国地方を統一した戦国の智将。明応6年(1497)、安芸国(=広島県)の小領主・毛利弘元の次男として生まれる。 幼少期に両親を失い、家中の混乱を生き抜く中で謀略術を身につけた稀有な少年期。 天文9年(1540)、尼子経久と対峙して「吉田郡山城の戦い」で勝利。弘治元年(1555)「厳島の戦い」で陶晴賢を奇襲・撃破した稀有な戦術。日本三大奇襲の一つ。 その後、出雲の尼子氏・周防の大内氏を破り、中国地方10か国を統一した稀有な大領主。 「三子教訓状」=長男・隆元、次男・吉川元春、三男・小早川隆景に「3本の矢は折れない(=三兄弟の結束)」を説いた稀有な家訓。元亀2年(1571)、75歳で病没。