武将幕末
近藤勇
こんどういさみ
1834 〜 1868

書写者不明, Public domain, via Wikimedia Commons
別名・通称
勇、近藤昌宜、試衛館、新選組局長
生涯・逸話
幕末の新選組局長、剣豪。
天保5年(1834)、武蔵国多摩郡上石原村(=東京都調布市)の農家・宮川久次郎の三男として生まれる。
15歳で天然理心流の試衛館・近藤周助(=本姓・島崎)の養子となり、近藤勇を名乗った。
後に試衛館の塾頭として土方歳三・沖田総司らと共に剣術修行。
文久3年(1863)、土方・沖田らと京都に上り「壬生浪士組」を結成、後に幕府公認の「新選組」となり局長に就任した。
元治元年(1864)6月5日、京都・池田屋に集結していた長州志士30余名を約20人の新選組で襲撃、9名を斬殺・捕縛した「池田屋事件」。
これが新選組の名を一躍轟かせた。
慶応4年(1868)、鳥羽伏見の戦いで敗北、流山(=千葉)で官軍に投降。
4月25日、板橋(=東京都板橋区)で斬首された、享年35。