武将南北朝時代
北畠顕家
きたばたけあきいえ
1318 〜 1338

別名・通称
顕家、陸奥守、南朝の若き名将
生涯・逸話
南北朝時代の若き天才将軍。文保2年(1318)、北畠親房の長男として京都に生まれる。
幼少から学問・武芸に秀で、後醍醐天皇の側近として頭角を現した稀有な少年期。
建武元年(1334)、16歳で陸奥守(むつのかみ)に任じられ、義良親王(=後の後村上天皇)を奉じて陸奥国(=東北)へ下向した稀有な大任。
陸奥国府(=多賀城)を拠点に東北を平定。建武2年(1335)、足利尊氏の謀反に対し、関東を電撃的に進軍して尊氏を九州まで追い落とした稀有な大戦果。
延元2年(1337)、再び東北から大軍を率いて上洛、奈良・京都付近で足利方と戦闘。
延元3年(1338)5月、和泉国・石津(=大阪府堺市)の戦いで高師直の大軍に敗れ、阿倍野で戦死、享年21。同年、楠木正成の子・楠木正行と並ぶ南朝の若き英雄として、後世に語り継がれる稀有な存在。
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