TabiShiri
永国寺へ戻る
武将幕末

河井継之助

かわいつぎのすけ

1827 〜 1868

武将「河井継之助」(幕末)

別名・通称

継之助、長岡藩家老、北越戦争

幕末の越後国(=新潟県)長岡藩の家老(1827-1868)。「武装中立」を掲げて新政府軍と戦った稀有な戦略家。慶応4年(1868)、北越戦争で新政府軍を相手に奮戦するも、長岡で銃撃を受け重傷、会津に逃れる途中、塩沢で42歳で没した稀有な悲劇。
生涯・逸話
北越戦争の悲劇の名将、長岡藩の家老。文政10年(1827)、越後国・長岡藩士・河井代右衛門の長男として生まれる。 幼少から学問・剣術に秀で、江戸・佐久間象山に師事して西洋学・蘭学を学んだ稀有な経歴。 長岡藩の家老として藩政改革を主導、藩の軍備を近代化(=ガトリング砲を購入)した稀有な大事業。 慶応4年(1868)、戊辰戦争で「武装中立」を掲げ、新政府軍にも徳川幕府軍にも与しない独自路線を採った稀有な戦略。新政府軍との「小千谷会談」(=5月2日)で交渉を試みるも決裂、北越戦争に突入した稀有な悲劇。 長岡城を巡る攻防で、新政府軍を相手に奮戦したが、7月29日、長岡で銃撃を受け右膝に重傷。会津に逃れる途中、8月16日、塩沢(=新潟県南魚沼市)で42歳で没した稀有な悲劇。 司馬遼太郎の小説『峠』の主人公として現代に愛される稀有な存在。