学者・文化人戦国時代
狩野永徳
かのうえいとく
1543 〜 1590

別名・通称
永徳、源四郎、狩野派の頂点
生涯・逸話
安土桃山時代を代表する絵師、狩野派の頂点。天文12年(1543)、京都の狩野派4代目・狩野松栄の長男として生まれる。
幼少から祖父・狩野元信、父・松栄に画を学び、若くして狩野派5代目の頭領となった稀有な存在。
織田信長の御用絵師として、天正7年(1579)、安土城天主の障壁画を制作した稀有な大事業。
信長の死後は豊臣秀吉の御用絵師となり、大坂城・聚楽第・天瑞寺・南禅寺などの障壁画を制作した稀有な大家。
代表作『唐獅子図屏風』(=宮内庁所蔵)・『洛中洛外図屏風(上杉本)』(=米沢市上杉博物館蔵、国宝)など。
天正18年(1590)、東福寺・法堂天井画の制作中に過労で48歳で病没した稀有な働きすぎの天才。